この記事の連載
- 世良田波波さんインタビュー 前篇
- 世良田波波さんインタビュー 後篇
夢みて上京しながらも生活に追われてしまい、東京で生きる意味を見いだせていない主人公・カイちゃん。29歳・フリーターであるカイちゃんのやるせない日常&暴走中の恋愛が圧倒的解像度で描かれていると話題のまんが『恋とか夢とかてんてんてん』(以下、『恋てん』)の著者である世良田波波さんにインタビュー。
片思いの「すべて」が詰まっている、物語の魅力に迫ります。
きっかけは担当編集との「めちゃくちゃな恋バナ」
――『恋てん』を描くことになったきっかけから教えてください。
編集さんに「漫画を連載しませんか?」とお声掛けをいただいた時点では、まだはっきりとした構想はありませんでした。ただ、本当にぼんやりと前々から“大阪が舞台の恋の漫画”を描きたいというイメージの断片を持っていたこともあり、編集さんと打ち合わせの際に、大阪の恋の歌が好きだという話をしたんです。
――「大阪の恋の歌」といいますと?
一番イメージとしてあるのは、上田正樹さんの「悲しい色やね」です。関西弁の歌詞と歌われる大阪の風景が醸し出す、哀愁、郷愁がたまらなくて。大阪の街が人々の思いや恋愛をまるごと包み込んでいるようなイメージです。大阪の人たちが大阪の風景を作り上げているというのが、あの曲から想像できます。打ち合わせの時にその話と、お互いの“めちゃくちゃな過去の恋愛”の話などをしました。めちゃくちゃな恋愛をしているのは自分だけだと思っていたので、似たような恋愛をしている人がいるんだとびっくりしました。恋愛の話で盛り上がっていくうちに、「泥臭い恋愛漫画」を描きたいというイメージがどんどん固まっていきました。
――まさに平常心ではいられない、片思いの「ぜんぶ」が詰まった初期衝動全開の作品になっていると思います。主人公のカイちゃんの恋愛にはご自身の体験も含まれているのでしょうか。
恋愛の部分に関しては部分的に含まれています。しかし、そのままというわけではなく、「あの時あんな感情になった」とか、「忘れられない痛みや怒り」を違うエピソードに変えて、感情のみを取り出して描いている感じです。ただ、夢を持って上京をした部分はそのまま自分ですし、私もそんな夢を忘れて、恋にどっぷり浸かってしまったこともあります。
――上京したての頃、東京はどういう存在でしたか?
東京には憧れがありました。高校生の時にずっぽり中央線のサブカルにハマっていたので。それこそ銀杏BOYZとか。ボーカルの峯田さんの影響で大槻ケンヂさんの『グミ・チョコレート・パイン』を読んだりしていました。本当にワクワクしましたね、自分もそういう街で暮らしたいって思っていました。実際に上京した時は、漫画家になりたいというはっきりした目標があって出てきたわけではなく、本当に「何かやりたい」という気持ちだけで出てきてしまって。
――その初期衝動、最高です!
最初はやはり高円寺に住みたくて、でも高円寺で家が見つからなくて。ちょっとずれて、中野に住みました。結局中野は本当に大好きな街になりましたね。中野といっても駅から徒歩30分のところでしたが(笑)。それでも最初のうちは楽しかったです。ここに暮らせているだけで幸せで、楽しい。毎日刺激的でした。
上京して数ヶ月後、とりあえずいろいろやってみようと思って、カメラを買って写真を撮ってみたり、小説を書いてみたりしました。でも全部うまくいかないし、あまり楽しくもなかった。そんな時に、ふと昔から私は絵を描くのが好きで、小さい頃に遊びで漫画を描いていたのを思い出して、ちょっと漫画を描いてみようかなと。
といっても、もちろんすぐに仕事にできたわけではありません。19歳の時に青林工藝舎の漫画雑誌『アックス』でデビューはしたものの原稿料が出ないので、ずっとバイトをしながら漫画を描いていました。コンビニ、古本屋、漫画喫茶(これは1日でやめました)……。バイトが長続きしないのと、人付き合いが苦手なこともあり、派遣会社に登録して倉庫作業や食品工場など単発のバイトばかりしていた時期もありました。あと、郵便局の中の仕事も。
2024.09.28(土)
文=綿貫大介