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ウィーン宮廷における「友人」関係

 

 クリムトやシーレより上の、いや、高位貴族よりももっと上の身分、最高位たるフランツ・ヨーゼフ皇帝の場合はどうか?

 ウィーンを嫌ったエリザベート皇后がほとんど宮廷にいないのだから、健康な男性である皇帝にしかるべき相手が必要なのは誰しも考えた。何よりエリザベート自身がそれを望んだと言われる。彼女のお眼鏡にかなったのが、女優のカタリーナ・シュラットだ。

 寵姫はいないことになっているウィーン宮廷だが、カタリーナが皇后に公認された皇帝の愛人だということはやがて宮廷人の知るところとなった。ただし国民には皇帝の「友人」とされ、それを信じる者も多かったようだ。カタリーナが舞台に立ち続けていたのも、その言葉の信憑性を高めた。カタリーナ曰くの、「私はポンパドゥール夫人ではなかった」という言葉は、そのとおりと言えばそのとおりだが、しかしギャンブル好きの彼女の借金を皇帝が肩代わりしていたのも事実だし、他にも豪華な別荘や宝石を彼女は手に入れていた(ヴァリとは大違いだ)。

 皇太子ルドルフ死亡の第一報が入った時、カタリーナも王宮にいた。知らせはまずエリザベート皇后に伝えられ、皇后はカタリーナに知らせ、彼女が皇帝に伝えたと言われている。また政治には関与しなかったとされるが、エリザベートの死後は影響力を増し、「カタリーナは皇帝が世間を覗く窓だった」と証言する侍従もいた。

 バートイシュル(エリザベートにプロポーズした場所)を散歩する、80代半ばのフランツ・ヨーゼフと六十過ぎのカタリーナのツーショットが撮られている。まるで長年連れ添った夫婦のようだ。

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中野京子(なかの・きょうこ)

北海道生まれ。作家、ドイツ文学者。2017年「怖い絵展」特別監修者。西洋の歴史や芸術に関する広範な知識をもとに、絵画エッセイや歴史解説書を多数発表。著書に『名画の謎』『運命の絵』シリーズ(文藝春秋)、『そして、すべては迷宮へ』(文春文庫)、『怖い絵』シリーズ(角川文庫)、『名画と建造物』(KADOKAWA)、『愛の絵』(PHP新書)、『名画で読み解く 12の物語』シリーズ(光文社新書)、『災厄の絵画史』(日経プレミアシリーズ)、『名画の中で働く人々』(集英社)など多数。

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2024.06.19(水)
文=中野京子