当時の自分は「(厳しい現実は目の前にあっても)とりあえず夜は寝て、朝は起きる」というふうに過ごしていました。精神的には大人にならざるを得なかった。だって、親が離婚した当時、私は小学校5年生で妹が小学校1年生。一緒に住むことになった母は離婚してからダブルワークで、朝は私たちが起きる前に家を出て喫茶店を営み、夜はうどん屋さんで21時までパートで働いていたので、必然的に私が妹の面倒を見ることになりました。不満を言っている暇はなく、まず姉の私が妹をたたき起こして朝ごはんを食べさせて、髪を結んであげて学校に送り出すのが先なわけです(笑)。

ある日、先輩に呼び出されて

 沙羅が通信制高校へ進学したのは、全日制に通うには不安があったから。もうひとつ、自分の「将来」のために一歩でも進もうとしたから。

(「文庫版特別エッセイ」より抜粋)

 学校に行くことがすべてではないけれども、学校に行き続けることで開かれる未来が少しはあるかもしれない、と思うんです。極端に言うと、「学校へ行ったら死んでしまう」と思い詰めている人は行かない方がいいと思います。たとえば、センシティブな話ですが、夏休みが明けて、学校に行きたくなくて9月1日に自殺をする子どもが多いと聞きます。そんな追い詰められた精神で行くことはないと思う。だけど、学校に行くことを全くあきらめてしまったら、その先の選べるはずの道が閉ざされてしまうかもしれない、と学生時代の私は思ったのです。

 そのような想いもあって、週1回の登校で済む「通信制」という選択肢もあるよ、ということをこの小説を通じて、もし悩んでいる学生の方がいたら、お伝えできれば良いなと思いました。

 

 実は、なぜそのように思ったかというと私は中学生のときにいじめに遭っていて、そのときに考えたことなんです。ある日突然、女性の先輩のグループに呼び出されて、暴力を振るわれました。いきなり暗い穴に突き落とされたような気持ちで、明日から学校に行ける気がしませんでした。自由な空気の小学校から一転、中学生になったら校則が厳しくて、その締め付けになんとか耐えて通っていたのに、誰かに憎まれて直接的に暴力を振るわれたら、もう無理だと。帰宅して思いつめていたら、仕事中の母からたまたま電話がかかってきたんです。こらえきれず電話口で泣いたら、母は職場からすっ飛んで帰ってきて、「どないしたん」って理由を訊かれたので、今日の出来事を説明しました。「あんたは何かしたんか?」と言うので、「私は何もしてない、そんな覚えも全くないし、先輩とはしゃべったこともない」って話したら、「分かった」と母は言いました。

2024.06.14(金)
文=「文春文庫」編集部