退職後も、あの十三年間、患者さんの死と常に隣り合わせだった日々の記憶は、心にくっきりと残っていました。そしていつしか、看護師を主人公にした小説を書きたいという気持ちが抑えきれなくなっていました。看護師たちが一人の人間として、何を思い、喜び、憂えているのか、表現したい。その一心で本作を書き始めました。
主人公・卯月咲笑(うづきさえ)は、患者の「思い残しているもの」を視ることができる能力を持っています。「思い残し」が卯月の前に現れるのは、患者が死を意識したとき。このような不思議な設定にしたのは、私が向き合った患者さんの死を、いまだに忘れられないからかもしれません。亡くなってしまったあの人は、最期に何を思っていたのか、汲み取りきれなかった思いを今なお知りたい。そういう気持ちが小説に滲み出ている気がします。
家族や友人と一緒にいられること。笑ったり、泣いたり、ときには怒ったり、感情を通わせること。そのことがいかに貴重で、幸せなことか、この小説を書く中で、改めて感じることができました。読んでくださった方が、大切な人と過ごす時間をより愛おしく感じ、絆を深めるきっかけとなれたら、とても嬉しく思います。
秋谷りんこ(あきや・りんこ)
1980年神奈川県生まれ。横浜市立大学看護短期大学部(現・医学部看護学科)卒業後、看護師として10年以上病棟勤務。退職後、メディアプラットフォーム「note」で小説やエッセイを発表。2023年、「ナースの卯月に視えるもの」がnote主催の「創作大賞2023」で「別冊文藝春秋賞」を受賞。本作がデビュー作となる。
ナースの卯月に視えるもの(文春文庫 あ 99-1)
定価 847円(税込)
文藝春秋
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2024.05.16(木)