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「いづみちゃん、20年後に旦那さんに別れてくれって言われたらどうするの?」

――29歳で離婚されて、6歳の息子さんと香港へ。香港では某イタリアブランドの極東代理店の責任者となります。離婚や生活への不安はありませんでしたか?

 私はあまり臆せずに飛び込んでしまうので、逆に周囲の皆が「大丈夫?」と心配してしまうほどなんです(笑)。

 将来が不安とか失敗が怖いとか、ネガティブなことはあまり考えていませんでした。本当にバカなんじゃない、と思うくらい(笑)。離婚を決めたときも、99.9%の人にはやめなさいと言われたんです。経済的にも安定しているし、暴力を振るわれるわけでもないのに、どうして離婚するの?って。

 でもひとりだけ、広告代理店の方に、「いづみちゃん、20年後に旦那さんに別れてくれって言われたらどうするの?」と言われて、ハッとしたんです。「今はいいかもしれないけれど、このままただお金だけがある生活はやめたほうがいいかもしれないね」って。子どものために別れないというのも良くないと言われて、自分自身のことを考えて決断しました。子どもには申し訳ない気持ちはありましたが。

――とても男気があるんですね、荻野さんは(笑)!

 そうすると周囲が心配してくれて、あれこれと世話を焼いてくれるんです。アメリカで培った社交術もありましたし、いいお友達がたくさんいて。

 そこから某イタリアブランドの極東代理店の経営にお声をかけていただいて。当時、そのブランドは本拠地のイタリア・ミラノにお店があるだけで、アジア進出を考えていたのですね。そこで、パーティに来ていた今の主人に「こういうブランドを立ち上げたいのですが、出資にご興味ありませんでしょうか?」と声をかけて、一緒にやることになりました。

――香港での生活はいかがでしたか?

 まあ、本当にみんなが良くしてくださいました(笑)。香港ではフェラガモやトラサルディ、ルイ・ヴィトンの社長といった超一流の方々を紹介していただきましたし、その方たちがまた、「ブランドビジネスとは何か」ということを惜しみなく教えてくださいました。

 タイミングとしても、ちょうど日本から皆さんが香港旅行に行き始める少し前だったので、それも良かったと思います。お店に立っていると、私が雇われ店長だと思ったのか、いろんな高級ホテルや高級ブランドから引き抜きがくるほどだったんです。「すみません、これは自分の会社なので」とお断りしたのもいい思い出ですね。本当に、お店には連日長蛇の列ができていましたから。

――そのイタリアブランドの現地法人ができるということで荻野さんの手を離れることになり、そこから、38歳でアンテプリマの創業へとシフトしていくわけですね。

 はい。最初はそのブランドがデザイナーをつけてくれたりと色々サポートしてくれることになりましたが、それも2年目くらいで打ち切りになってしまったんです。そこでまた、「どうしようかなぁ」って(笑)。極東におけるブランドの権利も返却したことで、ある程度の資金もいただけたので、もう仕事は辞めてもいいのかしら……なんて思っていたのですが、挑戦してみることにしました。

2024.04.17(水)
文=前田美保
写真=佐藤 亘