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 日本からのアクセスも良く、それでいて異国情緒に満ちた「台湾」。歴史と伝統を感じられる格式高い観光名所から、活気に満ち溢れた最新スポットまで、レトロとモダンが重なり合うような台湾の街にはさまざまな出会いが待っています。

 そんな楽しい出会いに満ちた街・台湾をこの8月、映画ライターの月永理絵さんが訪れました。エドワード・ヤン、ホウ・シャオシェンといった多くの映画人を輩出した台湾映画を巡る旅へ。

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 8月下旬、強烈な日差しが残るなか、『牯嶺街少年殺人事件』(91)や『エドワード・ヤンの恋愛時代』(94)で知られるエドワード・ヤンの大回顧展を見に、台北へと一週間の旅に出かけた。台北市立美術館での「一一重構:楊徳昌 A ONE & A TWO : EDWARD YANG」(10月に終了)では、彼の映画に使われた小道具やシナリオ、現場写真、メイキング映像、監督の私物に至るまで、とにかく膨大な数の資料が展示され、見どころ満載(新北市の国家電影及視聴文化中心(TFAI)ではレトロスペクティブも開催されていた)。

 会場で流されるヤン監督の映画の抜粋や写真資料を見るうち、台北の街を歩きまわりたい、という気持ちがむくむくと膨らんでくる。なにしろ、『台北ストーリー』(85、原題は「青梅竹馬」で英題が「Taipei Story」)という映画を撮っているように、エドワード・ヤンはいつも台北の街を舞台に作品をつくりつづけた人なのだ。そこで、展示を見たあとは、美術館の売店で購入した雑誌『Fa 電影欣賞』に掲載のロケ地マップを片手に、台北でのエドワード・ヤン映画めぐりをすることにした。

エドワード・ヤンの映画が数多く撮影された「松山区」

 エドワード・ヤンの映画のロケ地をまわるなら、『牯嶺街少年殺人事件』や『ヤンヤン 夏の想い出』(00)の跡を辿るのが一般的かもしれない。60年代の台北を舞台にした『牯嶺街少年殺人事件』は、当時の街並みを再現するため、実際には台北にある牯嶺街ではなく台湾南部の屏東や新北市の金爪石で多くの撮影がされているが、台北市内にも台北植物園や台灣省立台北建國中學といったロケ地が現存している。『ヤンヤン 夏の想い出』の結婚式の場面が撮影されたホテル「圓山大飯店」も、ファンにはお馴染みの場所だ。

 私が今回訪れたのは、ヤン監督の映画の多くが撮影された松山区近辺。ロケ地マップを見ると、このあたりには長編映画デビュー作『海辺の一日』が撮影されたカフェやレストラン、『恋愛時代』で印象的に登場するTGIフライデーズ、『台北ストーリー』(85)のオフィスビル、『カップルズ』(96)で若者たちがたむろするハードロックカフェなど、多くのロケ地が密集しているのがわかる。ただし多くの場所はすでに別の店やホテルに変わっている。唯一そのまま店が残っていたのは、『海辺の一日』に登場するステーキ店「紅屋牛排」と、『ヤンヤン 夏の想い出』で主人公親子が入るマクドナルドくらい。それでも、マップと照らし合わせながら跡地を辿ると、映画の名場面がたしかに思い浮かぶ。

 そのなかで、映画の面影が色濃く残っていたのは、『恐怖分子』(86)が撮影された富錦街付近。ここはかつてアメリカの都市をモデルに開発された区域で、街路樹や公園が多い住宅街だ。最近では、古い住宅ビルをリノベーションしたカフェやギャラリーが並ぶ地区として人気を集めているようで、根強いファンを持つイー・ツーイェン監督の『藍色夏恋』(02)もこのあたりで撮影されたという。

 見知らぬ人々のささいな悪意や偶然が不条理に絡み合う『恐怖分子』と、緑あふれるおしゃれな地区とは一見結びつかないように思うが、古い街並みに足を踏み入れると、映画の冒頭、不良少年たちが警察の摘発から逃げまわる細い路地などは、今も撮影当時の雰囲気をしっかりと残していた。

2023.11.27(月)
文・写真=月永理絵