この記事の連載

なぜヒトは、日常生活の必需品である「ことば」を持つのか。子どもはどのように「ことば」を覚えるのか。その謎に迫ったのが、発達心理学者の今井むつみさんと、言語学者の秋田喜美さんだ。カギとなるのは、オノマトペとアブダクション(仮説形成)推論の2つ。言語からヒトの根源に迫った『言語の本質』より、一部を抜粋して紹介する。(全2回の1回目)

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 下図4-3の二つの図形のうち、どちらが「キピ」で、どちらが「モマ」だろうか? ほぼ全員が、丸い方が「モマ」で、尖っている方が「キピ」であると直感的に感じる。第2章で見た「マルマ/タケテ」と同様、この直感は日本語話者だけではなく、世界中の異なる言語話者の間で共有されているようである。この直感的な音と形のマッチングを、11カ月の赤ちゃんも感じることができるのだろうか?

 このことを調べるため、赤ちゃんにことば(音)対象の組み合わせを次々と提示していった。そのうちの半分は「合っている」組み合わせ(丸い形に「モマ」、尖った形に「キピ」)で、残りの半分は「合っていない」組み合わせ(丸い形に「キピ」、尖った形に「モマ」)である。合っているペアと合っていないペアは規則性を持たないようにランダムな順序で提示した。筆者らはこのように予測した。音と形が合っているか合っていないかを赤ちゃんが認識できるならば、二つのケースで違う脳の反応が見られるはずだ。

 実際、この仮説は正しかった。しかもそれだけではなく、なんと、「合っていない」組み合わせを提示したときに、大人が「イヌ」という音を聴いてネコの絵を見たときと同じ反応、つまりN400の脳波の反応が見られたのである。

 この結果はおもしろい可能性を示唆している。まだほとんどことばを知らない11カ月の赤ちゃんは、人が発する音声が何かを指し示すものであることをうっすらと知っているのだ。しかも、「音の感覚に合う」モノが、単語が指し示す対象かどうかを識別している。だから単語の音声が、音の感覚に合わないモノと対応づけられると違和感を覚えるのだ。

 第2章で、大人がオノマトペを言語として、また環境音として二重処理をすると述べた。対象とことばの音が合うと、脳の左半球の言語の音処理を担う部位も活動するが、それより強く右半球の環境音を処理する部位(上側頭溝)が活動するのである。

 実は言語学習をまだ本格的に始めていない赤ちゃんも、ことばの音と対象が合うと右半球の側頭葉が強く活動することがわかった。脳が、音と対象の対応づけを生まれつきごく自然に行う。これが、ことばの音が身体に接地する最初の一歩を踏み出すきっかけになるのではないか。

2023.10.10(火)
著者=今井むつみ、秋田喜美