新谷 うわー、先制攻撃ですね。

 鈴木 そんなの初めてですよ。で、コーヒー2つ持ってきて、その後は黙っているんです。仕方ないから、僕が何か言わなきゃいけない。

 新谷 何と言ったんですか?

 鈴木 「やりますか」って。

 新谷 練習と全く逆ですね(笑)。

庵野監督に「勝った」

 鈴木 コーヒーに騙された。それから絵コンテに3年かけて、途中から絵のほうも同時進行で進めることになった。で、僕には本田雄という意中のアニメーターがいて、彼をどうしても連れてきたかった。それで当時、彼が庵野(秀明)の『シン・エヴァンゲリオン』の絵を中心になってやっていたので、庵野に仁義を切ろうとしたら、庵野が顔色を変えて、「鈴木さん、プロ野球で言えば今からウチはシーズンが始まるんです。そこでいきなり四番打者をよこせ、って。それ、ありますか?」と。

 新谷 セリフが立ってますね。

 鈴木 僕もかっこいいと思った。それで「だからこうして頭を下げて頼んでいるじゃないか」と言ったら、庵野は「どうするかは本人次第ですから」と言っちゃった。この瞬間、「勝った」と思いましたね(笑)。

 でも、本人は『エヴァ』はやっぱりやりたいけど、宮﨑さんのもやりたいし……と迷っているので、僕は言ったんです。「仕事というのは2つしかない。やりたい仕事か、やらなきゃいけない仕事か」って。

 新谷 さすがの口説き文句ですね。それ、私も使わせてもらいます。

 

 鈴木 苦労して口説いたから出てきたんですよ。で、そうやって本田君をアニメーターとして連れてきたら、宮﨑駿は「若い」んですよ。自分ではやったことのないシーンを「これ、できるか?」と彼にやらせようとする。

 新谷 それは試してるんですか?

 鈴木 いや、意地悪ですよ。自分でも描かないもので彼に苦労させて、それを見てニタニタ笑ってる。要はあれこれといちゃもんをつけて本気で追い出したいんです。

 新谷 それに、本田さんは?

2023.08.03(木)
文=鈴木敏夫