「時間かかるやあ。いいところ見逃すがな」
「もうちょっと待って。一回接続が切れると――」
「わかってるがな」と言いながら、ユウキは部屋を見渡した。「マモルの部屋、歓迎会は盛り上がらんかったわけ?」
「そんなことないよ。なんで?」
「片付いてるからよ」
ユウキの言う通り、四畳半の学習室は新入生の歓迎会をしたのが噓のように片付いていた。
「塙先輩が説教の準備に出てったら、自然と片付ける流れになったんだよ」
宏一がマモルを睨んだ。
「お前は、一年に説教のことバラしたんじゃなかろうな」
「いいや」マモルは首を振った。「俺も塙先輩も、これっぽっちも匂わせないようにしてたよ。だけど、安永は知っててね。イニシエーションはこの後ですかって聞いてきたんだ」
「さすが帰国子女」とユウキ。「マモルはイニシエーションの意味わかった?」
「いや、辞書引いた」
「ばっか。英語IIで習ったばっかりじゃがな。期末にも出たど」
「いいじゃないかよ」
「よくねえよ」と宏一が口を挟む。「イニシエーションなんて普通科だって知ってる単語だろ」
マモルは口を尖らせて画面を睨む。そんなマモルに、慰めるような口調で「暗記すりゃいいんだよ」と厳しいことを言った宏一は、まだ空っぽの安永の学習机に顔を向けた。
「しかし意外だな。坊ちゃんのくせにそういう鼻は利くってわけか」
ユウキがノートPCに映し出された集会室を指差した。
「音、少し出せん? 今、その安永が説教されてるどぉ」
慎重にスピーカーのつまみをひねると、志布井寮長の声がスピーカーから流れ出してきて、マモルの背筋は自然に伸びた。説教や朝礼で散々叱られていたので条件反射のようなものだ。
「――安永くん。私は、寮のやり方が古風なのはわかっている。だが、まだ生計を立ててもいない、十五歳から十八歳の未熟な生徒たちが、道を踏み外さずに集団生活を送るためには、個々人の成長と同時に、規律が必要なんだ。わかるか」
緊張した面持ちの安永が頷くと、平手でロッカーを叩く音が響いた。
2023.07.20(木)