長嶋茂雄とのレコーディング

「果てしない夢を」のレコーディングではこんなエピソードが残る。このとき、プロデューサーの長戸が「長嶋さんはヘッドフォンをして歌ったことなどないはずだから、カラオケみたいにスピーカーから音を流してハンドマイクで歌ってもらおう」と突然言い出したので、レコーディングエンジニアの市川孝之は慌てた。当時はそのような状況でも録音できる高音質のマイクなどなかったからだ。

 だが、戸惑う市川を見て、すかさず坂井が《それだといい声で録れないし、後で編集もできないだろうから、私がブースの中に長嶋さんと一緒に入って、横でアシストするので普通に録りましょう。ヘッドフォンの使い方も私が教えます!》と助け船を出してくれたおかげで、レコーディングは滞りなく進んだという(『ZARD/坂井泉水 ~forever you~』)。

 この話からもうかがえるように、普段の坂井はジャケット写真でのはかなげな表情から想像されるイメージとは違い、さっぱりとした性格で、スタッフたちにとっては姉御肌の頼れる存在だったようだ。

 

ついていけなかった「時代の変化」

 そんな彼女も、体調不良のため2001年2月より約1年間、活動を休止する。そこには音楽シーンの変化も影響していたという。90年代後半になると、安室奈美恵や浜崎あゆみなどのアップテンポのナンバーがヒットチャートをにぎわした。そのなかにあって、それまで8ビートのロックで魅力を発揮してきた坂井は、16ビートになかなかついていけなかったというのだ。

 前出の2001年のインタビューで彼女は、《私はPioneerであり続けたいと思っています。何においても少しずつ新しいことに挑戦していきたいんです》と語っていたが、それも時代の流れについていこうというあがきの表れだったのだろうか。

 それでも坂井は2002年5月に復帰すると、2004年には初のライブツアーを敢行、当初3公演の予定が11公演に増え、体調もけっして万全とはいえなかったものの、見事やり遂げた。その後も新境地を拓いていく。2005年公開の劇場版アニメ『名探偵コナン 水平線上の陰謀(ストラテジー)』の主題歌「夏を待つセイル(帆)のように」の制作時には、童謡「森のくまさん」みたいなアレンジにしてほしいと提案するなど、子供が楽しめる曲になるよう心がけた。

2023.05.31(水)
文=近藤 正高