――撮影中に話がどんどん弾むようになっていったというのは興味深いですね。それも、梅安と彦次郎の間に共通点があったからでしょうか。
愛之助 共通点、ありますよね。それはお互い闇を抱えていることじゃないですか。彦次郎の場合は、妻子を失い、復讐を誓った人間です。梅安と彦次郎の「瞳の奥の闇」にご注目いただければと思います。
――瞳の奥の闇。とても印象深い言葉です。梅安は鍼医者として世間の役に立っている。ふだんの彦次郎も善人そのもの。でも、仕掛人稼業に手を染めている。池波作品に通底するテーマとして、人間は「善いこともすれば悪いこともする。悪いこともすれば、善いこともする」というものがあります。この発想というか、哲学に関して思うところはありますか。
豊川 私としては、「善いこと」と「悪いこと」は紙一重だと思っています。梅安が生きた時代は、現代のように法が法として用を成さなかったケースもある時代の話ですが、人間の恨みが生まれれば、それを晴らすことを求めるわけです。それは現代でも一緒でしょう。梅安の世界では恨みを持った人たちが身銭を切って恨みを晴らそうとする。
愛之助 そこに梅安や彦次郎が存在する意義が生まれるんですよね。
豊川 「善いことをしながら悪いことをする」というのは、決して許されることではないけれど、それは江戸時代も、そして現代にも確実に存在することであって、誰もが認めざるを得ない感情だと思うんですよ。
――仕掛人は「殺人代行業」を営んでいるわけですよね。ただし、そこには理、ことわりがあることが池波作品では提示され、それが共感を生んできた。ところが、現代はコンプライアンスの時代です。闇の世界を表現するのに、ハードルが上がっている気がするんです。
豊川 それはすごく分かります。最初、梅安の話をいただいた時に、「この作品を、現代にはどう落とし込めるだろうか?」とか、「現代の観客は、この話をどう捉えるだろう?」と考えましたね。しかし、考えを突き詰めていくと、藤枝梅安が住む世界で起きる殺人というのは、すべて理由があります。その部分でお客様には共感していただけるはずだと思いました。さらに、職業として引き受けているところに、面白さがありますよね。そこに、他のダークな世界観の作品とは違いがあると思います。
2023.04.10(月)
取材・構成=生島 淳