コロナ禍の長い家時間にも慣れた頃、東村アキコさんはふと、誰に頼まれたものでもない「本当に自分が描きたい絵」を、時間を気にせず夢中になって描いた。茶道の姉弟子の和柄マスクと着物姿が素敵だったのを思い出し、茶室に迷い込んだ蝶との「ソーシャルディスタンス」をモチーフに、心ゆくまで描き込んだ。

 この一枚を皮切りに、東村さんは1年近くかけて多様な《現代を生きる女性の着物姿》を描き溜め、2022年11月に20点の作品群『NEO美人画2022』を発表。個展会場でインタビューした。


現代女性を描いた「NEO美人画」

「大学を卒業してすぐにマンガの仕事を始めて、休みなく働いていたら、あっという間に23年経っていました。締め切りがなかった時期はなく、コロナ禍もそうでしたが、食事会や講演会、取材旅行、出張、イベントなどがなくなったので、夜の予定が全部なくなって。そんな状況はマンガ家になって初めてで、息子が寝た後にリビングで紅茶を飲みながら、iPadで仕事に関係のない好きな絵を描き始めたんです。一枚描いてみたらもっと描きたくなって、それから暇さえあれば作品を描くようになりました」

応接間に飾られた美人画が好きだった

 自伝的漫画『かくかくしかじか』で描かれているように、東村さんは金沢美術工芸大学の油画専攻を卒業している。長らくファインアートから離れていたが、「いつかまた」と情熱をあたためていた。

 「高校生の時はとにかく油画科に行かなきゃと思っていましたが、よく考えると子供の頃から日本画が好きなんです。親戚の家の応接間や旅館のロビーに飾ってある美人画を見るのが好きでした。学生時代も美人画の画集を読み漁り、展覧会に行き、女性をモデルに美人画のような油画も制作していました。でも、日本画科の入試はお花など静物を描かないといけないんです。私は人が描きたかった。今回『NEO美人画』を描いたことで、自分は日本画のタッチで人物を描きたかったんだなと思いました。

 好きな画家を挙げるとしたら、大正・昭和に活躍した伊東深水と志村立美。うっとりするほど艶っぽく清らかで、細い線で描かれた結い髪や着物の縞が筆でスパッと一発で決まっているところに惚れ惚れします。戦後の日本画を牽引した加山又造のモダンでアーティスティックな美人画もとても素敵です。美人画はいつの時代もデフォルメされていて、イラスト的な部分があるんです。すごく写実的な表現と、マンガ表現の間にある。私の美人画としての表現は、いろいろ試して模索して、ここだな、と思うところを見つけました」

2022.11.24(木)
文=CREA編集部
撮影=鈴木七絵