幸せなのに、どうして私はキレているの?
「みんなが私を知れば私の孤独は埋まると思ってました。それは関係ないんだって、有名になって気づきました。でも、その時点ではもう降りられなかった」。テレビが青木に望んだのは「キレキャラ」。スターを作ることに定評があるマネージャーの下、女子アナ、モデル、アイドル……幸せそうなキラキラした女性に懸命にキレ続けた。「空気を読んで空気を読まない」ということを心がけていたという青木。実際「ダンプカーみたいなやつ」と評されていた青木の現場クラッシャーぶりは、安定感のある芸人の中でより輝いていた。
しかしドキュメンタリー性の強さに支えられていた青木のキレ芸は、キャリアを重ねるにつれて自己矛盾を生んでいく。憧れていたアナウンサーになれず、自己肯定感は低いまま借金だらけで芸人になった青木の「どこ見てんのよ!」は、いわば心の叫びだった。テレビというフィクションを彩る、絶妙なノンフィクション。芸人として知名度を増し、収入も安定し、結婚し、子どもも生まれ……青木が望んだ「幸せ」は、青木のキレ芸とは相反するものだったのである。幸せなのに、どうして私はキレているの? という矛盾。真面目すぎる青木はその矛盾に苛まれるようになる。
青木がレギュラー出演していた「ロンドンハーツ」(テレビ朝日系)のMC、田村淳は、かつて真っ赤な髪がトレードマークだった。彼は誰にも気づかれないくらい少しずつ少しずつ髪の彩度を落として、いつの間にか落ち着いたブラウンになっていた。テレビが自分に与える役割の変化を察して、徐々にキャラクターをトーンダウンさせていく、生き残る芸人のセルフプロデュースだなと感心した記憶がある。青木自身のドキュメンタリーも、テレビのフィクションに上手に沿わせながらひっそりと終わらせられることができたなら……。
「いつもテレビに出ていく時、袖で『今日死んでもいい』と思って出ていってましたね」なんて思わずにいられたのかもしれない。モリマンの下ネタ、青木さやかのキレ芸、自分が生み出したものでありながら、いつしか本人でもコントロール不能になるほど大きな“爆発”を起こす。せっせと火薬を詰め続けたテレビがもたらす、これが「ブレイク」である。
2022.11.09(水)
文=西澤千央