本音で語れるって、他人だからできることなのかな
――百合子さんを老人ホームに残して帰るバスの中で、なかなか本心を話さない夫に対し、香織が妊娠したときの本音を自ら語り始めるシーンが印象的でした。長澤さんはどんなことを考えながら演じましたか?
本音で語れるって、もしかしたら他人だからできることなのかなと思いました。血縁関係がある人同士が本心で言いすぎてしまうと、あまりにもショックで立ち上がれないことってたくさんあると思うんですよ。
この親子の物語の中で、一番の部外者は香織なんです。だけど、その親子をつなぐ橋渡しになっているのも香織なので、実の親子より距離があるからこそ響く言葉があるんじゃないかな。香織は百合子さんとも泉とも血の繋がりはないけれど、「全員が血縁関係ではない」ということが実は一つの結束になっている、ということも感じられるシーンになっていると思います。
――血がつながっているというだけで、縛られることや傷つくこともありますよね。
「親しき仲にも礼儀あり」という言葉もありますが、親子や家族だからこそ言ってはいけないことがあるというのは感じています。
他人から言われたことって、結構忘れることが多いじゃないですか。例えば恋愛関係で、相手からどんなひどいことを言われたとしても、特に女子は「あれ、そんなことあったっけ?」って忘れるように、うまいことできているんですよ(笑)。
――その他に、長澤さんがお好きなシーンはありますか?
冒頭で、百合子さんがピアノを弾いているシーンです。初めは穏やかなピアノ教室の先生なんですけど、徐々に弾けなくなっていく様子が認知症の怖さみたいなものを表していて、原田美枝子さんの凄みに引き込まれました。ちょっと度胆を抜かれるくらいの衝撃で「心をつかまれるってこういうことをいうんだろうな」と思ったシーンです。
――万引きや理解できない言葉などの認知症状が出始めた百合子さんに対して、泉も香織も嫌な顔をせずフラットに接しています。もし自分の親が同じ症状になったとき、あんなに優しくできるのかなと考えてしまいました。
香織が本当に優しくてまっすぐな人なので、私も「こんないい人、いないな」と思いながら演じていました。「優しさ」って言葉で一括りにすることは難しいですけど、きっと泉と香織の根本にあるものは「相手を心から思える」ということなのでしょうね。
2022.09.06(火)
文=根津香菜子
撮影=釜谷洋史
ヘアメイク=スズキミナコ
スタイリスト=上杉美雪(SENSE OF HUMOUR)