アレジ ちっちゃかった頃は、フランス語と日本語。どんどん英語になった。お姉ちゃんとも、いまはほとんど英語でしか話さない。お母さんとは、英語、日本語、フランス語を混ぜてしゃべる。お父さんとは、フランス語とイタリア語を少し混ぜてしゃべる。日本語だけ、フランス語だけ、英語だけというのはない。本当にバラバラ。
ーー“多言語家庭あるある”ですけど、学校で英語を話していると、子供は家でも英語を話してしまいますよね。やはり、多く触れている言語のほうが楽に喋れますから。
アレジ そうそう。わざとじゃないけど、いちばん簡単な言葉で喋っちゃうの。考えなくていいから。で、さらに日本語やフランス語が混じっちゃう。うちに来た友達なんかは、僕ら家族がなにを話しているのかよくわからないみたい(笑)。
ーーお母様はジュリアーノさんに日本語を教えるのに苦労されていましたか? または、ジュリアーノさんが日本語を覚えるのに苦労されていたりは?
アレジ お母さんが僕に日本語を教える時は、すごく厳しくはないけど、すごく緩くもない。半分。ちょうど間。
14歳、15歳の頃、ぜんぜん日本語を話していなかった時に、お母さんから「ジュリアーノ、あなたに日本語を話してもらいたい」「半分日本人だから普通に話してほしい」って言われたことはある。もちろん、半分日本人なのに日本語を話さないのは、僕もちょっとおかしいとは思ってた。でも、やっぱり難しかったの。
去年、日本に来てから、ちょっとずつ良くなった。それまではお母さんとしか日本語は話さなかったけど、いまはみんなと日本語を話すから。毎日どんどん良くなって。
だから、日本に来て本当に良かった(笑)。どんどん慣れてきているけど、まだ難しい。
七五三、日本食…母・後藤久美子から受けた影響
ーーお母様は日本語だけでなく、日本の食や文化も教えてくれたそうですね。おにぎりを作ってくれたり、七五三をしてくれたと聞いています。
2022.08.02(火)
文=平田裕介