ドラマ「北の国から」など、数々の名作で親しまれた俳優・田中邦衛さん(1932~2021)。長女の田中淳子氏が、父との思い出を明かす。(「文藝春秋」2021年1月号より)

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徹底的に「利他主義」の人でした

 徹底的に「利他主義」の人でした。サービス精神が旺盛すぎるほど旺盛で、父がいると周りは自然と笑顔になったものです。

 私が物心ついた頃から、父は仕事が忙しく、休みで家にいるのは年に数回レベル。それでも、お正月やクリスマスなど、家族の行事は大事にしてくれていました。夏休みの旅行では、車の運転をするためだけに、撮影の合間を縫って来てくれた。目的地まで運転して、すぐに現場に戻ることもありました(笑)。

 家では疲れた様子を全く見せず、よく家族を笑わせてくれました。撮影現場でスタッフさんにイタズラをするのが好きで、帰宅後、「今日はこんなイタズラをして上手くいった」と嬉しそうに話していました。

 人に対する態度は、誰に対しても変わりません。家族で外食に行っても、お店の方に冗談を言って笑わせている。ただ、偉そうな人が寄ってきて、名刺を渡された時には、そっとテーブルに置いたまま帰ってしまったのを覚えています。権威主義的な人が苦手だったのでしょう。

 

「普通に生きている人が、人生の一番のプロだ」

 若い頃、筆まめでよく母に手紙を出していた父。私にも、人生の節目には、手紙をくれました。印象に残っているのは、私が報道記者として就職した際のもの。激励の最後に、珍しく、戒めの言葉がありました。

「君はこれから、ニュースになる人を追いかける仕事をする。だが、世の中を支えているのは、大勢のニュースにならない人達だ。役者の仕事は、その人たちの気持ちを両手で掬ってそっと差し出すことだ。君もそのことを忘れないでほしい」

 父がよく言っていたのは、「普通に生きている人が、人生の一番のプロだ」ということです。地に足をつけて、誠実に生きている人が一番すごい。役者はそれを見せてもらって、表現するのが仕事なのだと。

 このリスペクトがあったからこそ、様々な役を演じることができたのだと、今となっては思います。

2022.01.27(木)
文=「文藝春秋」編集部