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世界中で愛される大人気キャラクター“ムーミン”。
ユーモアに溢れながらも心がほんわか落ち着くこの傑作を生み出したのが、作家トーベ・ヤンソンです。
2021年10月1日に、そんなトーベの半生を描いたフィンランド・スウェーデンの合作映画『TOVE/トーベ』が、日本でも公開されます。
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昨年度の米国アカデミー賞国際長編映画賞フィンランド代表に選出されるなど、数々の映画賞で話題となった本作。撮ったのは、2011年の『グッド・サン』、2017年の『マイアミ』などを手がけたザイダ・バリルート監督です。
彼女は、長編映画5作目となる本作にどんな想いを込めたのでしょうか。“ムーミンの母”ことトーベ本人の、知られざるラブストーリーを華やかに描き出したザイダ・バリルート監督にインタビューし、制作秘話を熱く語っていただきました。
“ムーミンの母”にフォーカスせず、トーベが大人になってから体験した青春物語を描く

――“ムーミンの母”として知られるトーベですが、『TOVE/トーベ』劇中では「ムーミンの誕生秘話」にフォーカスを当てるというより、あくまでトーベのパーソナルなストーリーとして描かれている印象でした。
トーベは“ムーミンの母”である以上に人間としてすごい方ということに、リサーチをするなかで気づかされました。なので、そこに光を当てよう、と。
彼女が、パートナーであるグラフィックアーティストのトゥーリッキ・ピエティラと約45年間を共に過ごしたことは英語圏ではよく知られているのですが、彼女の若かりし頃はあまり知られていないんですよね。
本作ではトーベが30代から過ごした10年間を中心に描くようにしたので、新鮮な気持ちで楽しんでもらえると思っています。
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――本作はトーベの「ラブストーリー」として描かれています。現代の観客にとっても身近に感じられるテーマですが、こうした部分には、どんな思いを込めたのでしょうか。
私にとって心に響くものは、観客の皆さんにとって何が心に響くのかを考えるときの指標になります。本作のラブストーリーの部分は、トーベをリサーチしたときに私の心に響いた部分でもありました。
そして、こうした部分を描くことで、ムーミンを生んだ偉大な母としてではなくて、野心家な若い女性としてのラブストーリーが際立ってくると思ったんです。
当時のアーティストたちは社会的な慣例にとらわれず、“自由であること”そして“独立した存在であること”を大切にしていました。その上で、一人の人間として愛を求めていました。
トーベも同様で、聡明で独立した存在であると同時に、恋に焦がれて涙を流し、どうやって自分を受け入れてもらえるのか、自分の求めるものと相手の求めるものをどうやって一つの箱に収めていくのか、頭を悩ませ続けました。そこにすごく親近感を覚えたんです。
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――本作でトーベが激しい恋に落ちてしまう舞台演出家、ヴィヴィカ・バンドラーとの関係についてはどうでしょう。
トーベは奔放で何事にも全力な性格ゆえに、ヴィヴィカとの関係にも飛び込んでいきました。そのエナジーはとてもフレッシュです。
映画においてティーンエイジャーが大人になるジャンルのことを日本では『青春物語』、英語圏では『Coming of Age』と呼びますが、この物語は『Coming of Middle Age』、つまり『大人になってからの青春物語』と呼べるものだと思います。
トーベは“自由と平等と愛”を追い求めましたが、トーベとヴィヴィカの関係は平等ではなかった。相手を大切に思うように、自分自身のことも大切に思わなければいけないことを、トーベはヴィヴィカとの邂逅で学んだのです。その経験を経たからこそ、のちに出会ったトゥーリッキとは平等な関係を築くことができたのでしょう。
2021.09.29(水)
文=TND幽介(A4studio)