独・仏・伊・英・日・露
6種類の言語で歌い分ける

「2016年9月には台湾で『ラインの黄金』のヴォークリンデを演じましたが、演出がラ・フラ・デルス・バウス(スペインの気鋭の演出家チーム)で、身体的にリスクの高いことを要求されるタイプの演出でしたので大変でした……大変なのをわかって(契約に)サインしたんですが(笑)。インパクトがあるので、人気が高い演出チームですが、歌手にとってはなかなか負担が大きいです」

 オペラはヨーロッパ発祥の芸術。そこへ苦難を承知で乗り込んで、自分だけの道を切り開いていった。「自分の居場所を見つけた」というより、もっとしなやかで自然な流れがあったのだろう。中村恵理のそばにいると、彼女の舞台を見て幸福になった大勢の聴衆の気配を感じる。生命力に溢れ、抱えきれないほどの演劇的なアイデアを持つアーティストなのだ。

 オペラの活動がメインであるため、日本で今回の歌曲のプログラムを上演することが決まったときは、少しばかり緊張したという。

「東京オペラシティの『B→C(バッハからコンテンポラリーへ)』というシリーズの出演者に選んでいただいたのですが(1998年にスタートしたこのシリーズの190回目の出演アーティストとなる)、バッハもコンテンポラリーも私には遠い存在で、その『遠い存在だな』と思ったものをどうやって引き付けようかと思ったとき浮かんだのが『女性性』というテーマでした。このシリーズでは器楽奏者が多いのですが、私は言葉を使うし、舞台でも女性を演じることが多い……男性を演じることもありますけど(!)。最近では女性性の高い悲劇的な役を演じることも増えてきたので、そこに一本筋を通していくことによって、遠いと思っていたものを引き寄せられると思ったんです。最後の曲はヴェルディの『椿姫』です。オペラは自分のフィールドであるし、『椿姫』のヴィオレッタは女性性の最たるものを表しているので。そこから、女性作曲家も採り上げたい……というアイデアも広がっていきました」

 女性作曲家4人を含め、採り上げた作曲家は10人。ドイツ語、フランス語、イタリア語、英語、日本語、ロシア語と歌詞の言語も6言語にわたるプログラムが組まれた。

「準備の段階で戦々恐々としています(笑)。声楽的にもスタイルの違う曲が並んでいるので、声帯への負担も大きいんです。3分ごとに違う世界が訪れる感じですね。重くて悲劇的な世界の中に、ルトスワフスキのカメとバッタの歌が入ることで、可愛らしい雰囲気を楽しんでいただけると思います。『エレガントな甲羅のコルセットは、私のウエストにぴったり』という歌詞なんですけど、それも女性性のひとつですよね。メシアンの『ミのための詩』は、メシアンが後に精神的に病んでいく奥さんに宛てて書いた曲で、こちらにはもやがかかったような恐怖感が漂っています。奥さんが少しずつ正気を失っていく様子が、沼にはまったような不安とともに描かれていて『明日は戻ってくるかもしれない』という微かな期待も見え隠れする……二部の最初はこの曲から始めるのですが、自分でも『よくこの順番でやるなぁ』と思いますね(笑)」

2017.03.17(金)
文=小田島久恵
撮影=山元茂樹