戦いや過酷な運命の前に「毎日の暮らし」がある
――原作の漫画をアニメーションという総合芸術へ落とし込んでいくにあたり、山田総監督が最も大切にされたアプローチは何だったのでしょうか。原作者のトマトスープ先生とはどのような対話を重ねられましたか?
作品によって原作との向き合い方は様々ですが、今作に関しては、原作の骨格にしっかりと寄り添いながら、コマとコマの「間(ま)」を丁寧に埋めて膨らませていくことがベストだと考えました。ですから、「ここを自由にやらせてください」といった改変の提案をするのではなく、「先生はどういう意図でここを描かれたのですか」「なぜこの時代や歴史がお好きなんですか」といった、先生の創作の根底にある思いを深く知るための質問をたくさんさせていただきました。
――原作の行間や余白を埋めていく作業の中で、アニメーションとして特に意識して付け加えた要素やシーンはありますか?
彼女たちの「何気ない日常生活」の描写です。市場で買い物をしたり、料理を作ったり、ご飯を食べたり、誰かと言葉を交わしながらお茶を飲んだりするような、ささやかな日常の所作をアニメーションの中でしっかりと尺を取って描くことを大切にしました。
――戦いや策略、陰謀といった劇的なドラマに比べると、日常の食事や家事はアニメーションではサラリと流されがちな部分かもしれません。あえてそこに重きを置いた理由は何だったのでしょうか。
歴史物や戦争を扱った作品だと、どうしても派手な見せ場や大きな事件の展開にばかり目が行きがちになります。ですが、登場人物たちがどれほど過酷な運命に翻弄され、心の中に復讐心や怒りを抱えていたとしても、彼女たちにはそれ以前に「毎日の暮らし」があるんですよね。朝起きて、ご飯を食べて、誰かと話して、眠りにつく。そうした何気ない日常の生活を丁寧に描くことによって初めて、そのキャラクターの思考回路や言葉の選び方、価値観の土台が観ている方にも自然と伝わっていくのだと思います。日常の所作の積み重ねを見ていただくことで、「だからこの人はこういう性格なんだ」「この状況でこういう決断をするんだ」と、一人の生身の人間として納得していただける。私たちは絶対に、彼女たちを「ストーリーのあらすじを進めるための都合のいい駒」として動かしたくなかったんです。彼女たちが自分自身の明確な意志を持ち、その時代と世界の中で確かに息づいて生活している姿を、アニメーションとして誠実に描き出したいという強い思いがありました。
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山田尚子(やまだ・なおこ)
2009年TVアニメ「けいおん!」にて監督デビュー。『映画けいおん!』(2011年)にて長編映画初監督を務め、『映画 聲の形』(2016年)ではアニメ映画祭としては世界最大規模のアヌシー国際アニメーション映画祭長編コンペティション部門入選を果たした。その後TVアニメ「平家物語」(2021)、短編映画『Garden of Remembrance』(2024)を立て続けに発表。映画『きみの色』(2024)では第26回上海国際映画祭金爵賞アニメーション最優秀作品賞を受賞。TVアニメ「天幕のジャードゥーガル」では総監督を務める。
TVアニメ『天幕のジャードゥーガル』
少女と妃。
復讐の絆で結ばれた二人が、地上最強の帝国に嵐を起こす――。
母を亡くし、故郷からも遠く引き離された幼い少女・シタラは、
学者一家の心優しい奥方・ファーティマに拾われる。
「勉強して賢くなれば、どんなに困ったことが起きたって何をすれば一番いいのかわかるんだ」――
ファーティマの息子・ムハンマドの言葉に心を揺さぶられたシタラは、
"知"の可能性と大切さを知り、教養を深めていく。
いつの日にか、ムハンマドに追いつくことを夢見て……。
その頃、皇帝チンギス・カンによる地上最強の「モンゴル帝国」が日に日に勢力を拡大していた。
その歴史のうねりは、ついにシタラの住む街をも巻き込んでいく。
帝国の第四皇子トルイによってすべてを奪われ捕虜となったシタラは、
ただ一つ残った“知恵”を駆使して王族に取り入り、帝国を内側から崩壊させようと決意する。
奥方から受け継いだ"ファーティマ"を名乗って。
心に復讐の炎を宿しつつ、表向きは帝国に仕える身となったシタラはある日、第三皇子オゴタイの第六妃ドレゲネと運命的な出逢いを果たす。彼女もまた壮絶な過去を抱え、心の内に帝国への深い恨みを秘めていた。
シタラとドレゲネ。
出逢うはずのなかった二人が手を取り合うとき、運命が大きく動き始める。
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