「推し活に夢中になりすぎてお金と時間が溶けていく……」。そんな経験はありませんか? 実は平安時代にも、同じ悩みを抱えた女性が存在しました。その人物こそ、『更級日記』の作者として知られる菅原孝標女です。
大好きな『源氏物語』に人生を捧げ、30才を過ぎてから宮仕えをするものの、初出勤ですぐに挫折、50歳になってからは「推し活ばかりしてないで、もっと現実を見ておけばよかった……」と後悔した彼女の不器用で愛おしい生涯とは?
歴史上の人物の功績だけでなく、あまり知られていない「やばい」一面も紹介し、「歴史が面白くなる!」と話題の大ヒット書籍『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋してお届けします。
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オタクを極めて『更級日記』を書き上げる
藤原道綱母の姪にあたる菅原孝標女は『更級日記』という日記文学の作者。『蜻蛉日記』(作者:藤原道綱母)とは対照的に夫や子どもの話はほとんどなく、一貫して「物語が大好きなオタク」の目線で書かれた非常にめずらしい日記として有名です。
子ども時代を父が赴任した上総国(千葉)ですごした彼女は、紫式部が書いた『源氏物語』の話を姉から聞きました。しかし当時、本は貴重だったので田舎では手に入らず、姉の記憶はうろ覚えであてになりません。そこで孝標女はわざわざ仏像をつくって「『源氏』を読ませてください!」と仏をおがみたおす日々を送りました。
12才のときに京へもどり、ついに親戚から『源氏』全巻をもらった彼女は「だれにも邪魔されずに1巻ずつ寝っ転がって読める! 幸せすぎる! この幸せに比べたら、みんながあこがれる皇后の位なんてどうでもいい!」とうっとりし「わたしはいまは美人じゃないけど、年頃になれば光源氏の恋人みたいにキレイになるんだもん♡」と、いきいきとした妄想爆発日記を書きました。
紀貫之と藤原道綱母がまいた女性文学の種は、紫式部が花咲かせ、のちの世に多くの作家を生みました。そのひとりが孝標女だったのです。
