山好きな本屋店主と歩く、文学をめぐる温かな時間
今回のハイキングには、心強い旅の仲間がもう一人加わってくれました。桐生市街で本屋「ふやふや堂」を営む齋藤直己さんです。齋藤さんは幼少期から登山を嗜み、今も月に数回は地元の山に登るという生粋の山好き。この日の前週にも、桐生のシンボル的な低山である吾妻山(あづまやま)に登ってきたばかりだそう。
吉岡さんにとっては約1カ月ぶりとなるハイキング。「のんびり、気持ちよく歩きましょう」という齋藤さんの優しい先導のもと、確かな足取りで歩みを進めます。
一歩森へ踏み入ると、頭上には美しい新緑の天蓋が広がっていました。5月の柔らかな光を浴びてきらめく若葉は、とても色鮮やか。森の奥へと続く山道を進むと、大きく根を張った巨木や苔むした岩が姿を現し、鳴神山が重ねてきた豊かな歳月の深みを感じさせます。木漏れ日が地面に描くまだら模様を踏みしめながら、すぐ横を流れる清らかな沢の音に耳を澄まします。
山道の脇に目を向けると、可憐な白い花が私たちを迎えてくれました。「これはヒメウツギですね」と齋藤さん。派手さはないけれど、日本の低山ならではの滋味深い文化や歴史をひっそりと伝える植物たちの佇まいに、心がじんわりと解きほぐされていきます。
歩くスピードが自然と揃うと、会話も心地よく弾みはじめます。共に読書家である吉岡さんと齋藤さん。いつしか話題は村上春樹の作品へと移り変わり、新緑の静かな森の中に、文学をめぐる温かな話し声が優しく響き渡っていました。地元の文化を発信する本屋の店主ならではの、街と山の距離の近さを愛おしむような齋藤さんの言葉に、吉岡さんも深く頷きます。
