「意味がない」と批判されたシーンを『ばけばけ』で描いたワケ

――会話劇としては、ふじきさんが書かれる脚本にも、共通点はあるのかなと思いましたが、そのあたりはどう思われますか?

 『ばけばけ』が始まるときに、「何も起こらない物語」を書きたいと偉そうに言ってしまったんですけど、それは結構難しいことだし、怖いことでもあったんです。

 何も起こらない中でシーンや物語を成立させるというのは、やはり難しいんですよね。日常生活とはそういうものですけれど、作品としては難しい。『自然は君に何を語るのか』の中では、いろんなことが起きますけど、とはいえ、「君は髭がいいね」とか「犬が吠えるんだよ」とか、よくある映画だったらカットになりそうなところがつながって一個の物語になっていく。ああいう脚本は理想だなと思います。

――『ばけばけ』にも、“スキップ”の練習をしたり“焼き網”探しをしたりと、小泉八雲とその妻をモデルにしたストーリーとは、一見関係なさそうな描写で一週間分を構成してしまうときがありましたね。

 書いている僕としては一応意味があって書いてるんですけど、そこに対して「意味がないシーンだ」って観てもらえると、ちょっとうれしいところがありますね。「何やってんだ!?」という声があがると、「やったな!」と思ったりします。本当は、もっと意味のないシーンをやりたいなと思う気持ちもあるんですよ。でもやっぱり、ドラマの現場でいろんな人が関わってくると、「このシーン意味あるの?」っていう声が大きくなってきますし、なかなか難しいところでもあります。

――ふじきさんにとっての「何も起こらない」とは、どういうものですか?

 僕にとっての理想ではありますよね。お酒を飲みながらずっと話してるだけの映画のような、「何も起こらない」作品を僕も書きたいです。

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