「よかったらお茶でも飲んでいってくださいよ」
1週間後。
Oさんが日課の散歩ルートをあまり行かない丘の上あたりまで伸ばした日がありました。
「ああ、会長!」
ふと丘の上にあるNさん一家の前で、庭先にいたご主人に声をかけられたのです。
以前会った時より快活な調子に戻っていたご主人の声。
しかし、その服装は先週会った時と全く同じで、髪の毛は脂ぎった異様な姿でした。
「お散歩ですか? よかったらお茶でも飲んでいってくださいよ」
妙に明るいご主人のテンションと荒れた身なりで、数週間前にご近所さんが漏らした不信感を思い出したOさんは、誘いに乗って家の様子を見ることにしました。
玄関に小さな女の子の靴が2足あるのが目に入り、Oさんは少し安堵したそうですが、リビングで慣れない様子でご主人が淹れた紅茶のカップを目にした時、そんな気持ちは消え去りました。
明らかに洗っていないカップでした。そればかりか、部屋の中もよく見るとゴミが散乱し、手入れがされていないのです。
「それでなんとかなったんですよ、仕事の方も」
「……ん、なんですか?」
突然話しかけてきたご主人の言葉はいつにも増して支離滅裂でした。しかし、話を聞いて浮かび上がってきたその内容の方が、はるかに心をざわつかせました。
「いや、だから僕が仕事をクビになりかけて参ったところ彼女に出会ったという話ですよ! で、彼女のお言葉に僕ら一家は大変救われまして……。それを、ここ最近は自分たちの身の丈に合わせてカスタマイズしているんです」
どうやら、ご主人が仕事を突然クビになって参っていたところ、妻の趣味から知り合ったとある人物に救われたというのです。
