【KEY WORD:ディーゼル車】

 ドイツの自動車メーカー、フォルクスワーゲンが不正をしていたことが発覚して世界中が騒然としています。

 この不正は簡単に言うとこういうこと。クルマから有害な物質をたくさん出さないようにという規制を「排ガス規制」と言いますが、これをきちんと守っていると今度はクルマのパワーが出ない。燃費も悪くなってしまいます。そこでフォルクスワーゲンは、検査の時にだけ有害な物質が出ないようにするソフトをこっそりインストールしていたというのですね。だからクルマが普通に走っている時は有害な物質がたくさん出ていたわけで、それじゃあ排ガス規制の意味がない! ということになります。

 この事件はアメリカで発覚して、最初はアメリカに輸入された48万台だけが不正をしていたということだったのです。しかしその後、フォルクスワーゲンが「実は世界中に輸出していた1100万台に同じことをしていました」と明かし、さらに大きな騒ぎに。

 フォルクスワーゲンというと、カブトムシの形をした名車「ビートル」で有名なドイツの名門自動車メーカー。アウディもポルシェも同じグループです。ドイツ車っていうと堅実で信頼できるイメージが強いのですが、どうしてこんな不正に手を染めてしまったのでしょうか。

 背景にはふたつのポイントがあります。ひとつは、トヨタとの激しい競争があったこと。トヨタとフォルクスワーゲンはここ数年、販売台数の世界ナンバーワンを争っています。フォルクスワーゲンはトヨタを抜くために、これまであまり強くなかったアメリカの市場でクルマをたくさん売ろうと考えました。

 もうひとつのポイントは、ヨーロッパではディーゼル車が中心で、アメリカや日本では電気を使ったハイブリッド車の人気が高いという違いがあったこと。これはヨーロッパではガソリンを燃やすとたくさん出る二酸化炭素(CO2)の規制が先んじて、日米ではディーゼル車の排出するNOx(窒素酸化物)規制に力が入れられていたため、結果としてそうなってしまったということなんですね。

 なので日本でもアメリカでも、ディーゼル車はあまり見かけません。おまけにアメリカの排ガス規制は世界一厳しいといわれているのですね。そこでフォルクスワーゲンは、このアメリカの排ガス規制をクリアして、おまけにパワーもあって燃費もよいディーゼル車を作れば、アメリカでも売れるんじゃないかと考えた。しかしそんなクルマを作るのはたいへん難しく、結局はこのような不正に走ってしまったんじゃないかと言われています。

ドイツの経済や政治にまで悪影響が

 この先どうなるか。フォルクスワーゲンはアメリカ政府にたいへんな額の制裁金を払わなければならなくなるでしょうし、アメリカの消費者からたくさんの裁判を起こされる可能性もあります。さらに、これは単なる一自動車メーカーの話で終わらず、ドイツの経済や政治にまで影響を与えていく可能性があります。ドイツはいまやEUの中でもひとり勝ち状態で、「ドイツ帝国」なんて呼ばれて怖がられるようになってきている存在でした。中東からの難民も、メルケル首相が「80万人受け入れる」と宣言して、人道の面でもヨーロッパを引っ張っていこうとしていたのです。

 そのドイツ帝国が、今回の問題でひょっとしたら傾いてしまうかもしれません。これはEUの行く末や、難民問題にも大きな影響を与えることになる可能性があります。

 また自動車産業にとっても、業界をリードする巨大メーカーの転落は衝撃的です。今後、排ガス規制の検査をきちんとクリアすることが各社に強く求められるようになり、これはクルマの開発のコストを引き上げることになるかもしれません。アメリカのテクノロジー系のメディアの中には、「これはガソリンやディーゼルなどの内燃機関を使ったクルマの時代の終わりの始まりとなり、電気自動車への移行を推し進める最初の一歩になるのでは」と予測している記事も出てきています。

 いずれにせよ、大きな変動の局面に来ているということなのでしょう。

佐々木俊尚(ささき としなお)
1961年兵庫県生まれ。毎日新聞社、アスキーを経て、フリージャーナリストとして活躍。公式サイトでメールマガジン配信中。著書に『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス)、『自分でつくるセーフティネット』(大和書房)など。
公式サイト http://www.pressa.jp/

Column

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2015.10.12(月)
文=佐々木俊尚