お経には、過去・現在・未来のすべての情報が記された宝の蔵「虚空蔵」の存在が記されている、と語る三木大雲さん。それを得ようとすることで、私たちの人生や世界観はどう変わっていくのでしょうか。
後篇では、新刊『仏教レコード』の核心となる「虚空蔵」との繫がりや、三木さん自身が経験してきた不思議な体験もうかがっていきます。
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「虚空蔵」と繋がり人生を切り拓く
――前篇でも少し触れましたが、改めて「アカシックレコード」と「虚空蔵」について伺えますか。
アカシックレコードとは、過去・現在・未来の情報がすべて記録されたデータベースのようなもので、「宇宙の図書館」とも呼ばれています。この概念を生んだ米国発祥の神智学はオカルト色の濃い教義でもあり、私はアカシックレコードの存在についても懐疑的だったのですが、調べていくうちに仏教に通じる部分があることがわかってきたのです。
アカシックレコードのアカシックは、サンスクリット語のアカーシャに由来します。数々のお経を漢語に訳した鳩摩羅什(くまらじゅう:中国の翻訳僧)は、アカーシャを「虚空」と訳しました。また、レコードは「記録された場所」を意味する言葉であり、お経で言うところの「蔵」です。
つまり、アカシックレコードとは、仏教における「虚空蔵」に相当するものなのかも知れません。神智学におけるアカシックレコードについては、まだはっきりしない部分が多いのですが、お経には、虚空蔵についてさまざまな記載があります。
曰く、虚空とは実体のない、ただ法(教え)だけがそこにある場所のことである。そこには、永久に尽きることのない、法の宝・智慧がある。また、お釈迦様そのものが虚空蔵であり、虚空蔵とつながるということは、お釈迦様とつながることと同義であると。
そして、虚空蔵にアクセスできれば、お釈迦様の智慧を授かることができ、人生の苦しみや哀しみから逃れ、人生を切り開く“ひらめき”が得られるのだと。
執筆中の「ひらめき」が示す虚空蔵との繫がり
――三木さんご自身も、虚空蔵に繫がっていると感じる瞬間がありますか?
あります。『仏教レコード』もそうですが、とくにお経に関することを書いている最中は、めちゃくちゃひらめくんです。「これはこういう意味だったんだ」という考えが不意に降りてくる。それは、専門書やネット、AIを駆使して調べても見つからないようなことです。
夢のお告げのようなこともあります。仏教の教えについて、誰かが私に切々と説いてくれる夢を見ていて、「なるほど、確かにその解釈が正しいわ」と思ったところで目が覚めて。調べてみると、国会図書館に該当する経典がありました。
それは人間の起源について書かれた「起世経(きせきょう)」というものでした。当時はネットにも情報がなく、日本語訳もなく、ごく一部の宗教者や研究者しか知り得ない、知る手段がないものでした。
夢の中で私に教えを説いたのは、もしかすると虚空蔵におわす虚空蔵菩薩(ぼさつ)様だったのかも知れません。『仏教コード』や『仏教レコード』も、私が書いたというより書かされたのかも知れません。
――虚空蔵にアクセスしながら執筆しているときというのは、いわば過集中のような状態なのでしょうか。
一種のゾーンに入った状態とでもいいますか、集中というのとはまた違う……机に向かっているのに、そこにはいないような。自分という存在が時空を超えて拡張していくような、そして最終的には自分という存在が消えるような、不思議な感覚です。
すべてが見えているのに、そこに自分はいない。お寺の中でスタッフさんがバタバタしていても一切気にならないし、疲れも感じない。気づいたら夜が明けかけていて、1、2時間しか眠らなくても不思議と眠けを感じることがなく、逆に熟睡したあとのように頭がスッキリしている。
それが、お経に関する本を書いているときの状態、つまり虚空蔵にアクセスしている状態なのだろうと思います。
