いまの生き方を変えてみたいーー。そう願う瞬間は誰にでもあるもの。元テレビ東京のアナウンサー・大橋未歩さんは45歳で突然、NYへ移住した。緊張や失敗の日々が続くなか、“生き切る”とは何か。ありのままの暮らしを描いた『ニューヨークの林檎をむいて食べたい』(大和書房)から、一部を抜粋してお届けする。2年目の問題は「家」。何ヶ月も内見した末、ようやく良い部屋が見つかったと思いきや、NYの賃貸事情は日本と相当異なるようで……。

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収入が毎月の家賃の40倍なければ入居審査は通らない!?

 部屋を出た後、ほぼ心は決まっているという話をすると、オースティンが1枚の紙を差し出した。2月から4月までのカレンダーで、なんと1週間ごとに違う家賃が記されている。

「家賃は変動します。そしてこの部屋は3月12日に退去なので15日からリース開始です。3月15日に契約するとこの家賃で、たとえば4月1日に契約すると、こちらです」

 4月1日の家賃は、3月15日に比べて、200ドル(約3万円)も高くなっていた。なるほど今借りれば予算内だけど、3週間遅くなると、予算オーバーだ。ニューヨークの家賃は頻繁に変わる。昨日と今日で数万円違うこともある。そして契約した日の価格がその後1年間継続する。9月入学のアメリカでは春から夏にかけて人が動く。だから決断を後ろにずらしたとて、家賃が上がることはあっても、下がることはない。チャンスの神様には前髪しかないのだ。今決めるしかない。

 帰宅してすぐオースティンに決定の連絡をした。オースティンも歓迎してくれ、申し込み用のサイトが送られてきた。オースティンはあくまでも窓口で、ここからアプリケーション(申請)チームとのやりとりが始まった。

 問題はここからだった。

 まず、入居審査が通るかどうか。ニューヨークの審査は厳しいことで有名だ。もちろん犯罪歴がないかどうかも調べられるし、収入審査も、月家賃の40倍の年収がないと審査に落ちるなんて言われたりすることもある。一体誰が通るんだ。そして重要なのが「クレジットスコア」という点数。これは、お金を借りたときにちゃんと返しているかを点数化したもの。主にクレジットカードの使用状況を見られる。つまり、個人の財務状況は丸裸。

 アメリカでは何をしようにも、見えない履歴書がついてまわる。

 さらに、預金残高より毎月の収入がきちんとあることが重視される。アメリカは、貯蓄の半分以上を投資に回すことが一般的。富裕層のみならず、庶民もお金をどんどん回すのがこの国だ。ちなみに私たちの収入の柱は日本だから、ちゃんと審査が通るかどうか気が気じゃなかった。

 その懸念をオースティンに相談すると、保証会社を使うという手段もあると教えてくれた。さすがオースティン! いつも彼は私たちの味方だ。早速、保証会社に見積もりを出してもらった。その額、日本円で約40万円――ふむふむ、もちろん高い。高いけど、払えない金額ではない。これであの夢のロフトに住めるなら仕方あるまい、と「確定」をクリックしようとしたら、んんん? あれ? 桁1個多くない?

 なんと桁を1つ見間違えていたのだ。
 よくよく見ると、400万円! 400万円!?

 なんたるミス! これを払ってしまったら、引っ越す意味がなくなってしまう。というかあまりのショックで多分帰国するだろう。離縁もされて、実家からは三行半を突きつけられるだろう。寸前で命拾いしたが、自分の不注意ぶりに血の気が引いた。

 値段の桁を間違えるなんてそんな凡ミスをするやつが本当にこの世にいるのかとお思いかもしれないが、私には前科がある。以前香港でワンピースを買ったが、23000円だと思っていたら、桁を見間違えていて実は23万円だったことがある。本当の話だ。判明したときはショックで倒れそうになった。ちなみにそれはかなりのミニスカートだけど、減価償却を考えると60代までは着なくてはならない。膝小僧がしわっしわになっても着続けて元をとらないことには死ねないだろう。というわけで、保証会社はあきらめて、ちゃんと審査をしてもらうことになった。

 しかしこの重要な段階に来て、さらに問題発生。アカウントを作ったはずの申し込み用サイトにログインできなくなってしまったのだ。

 このサイトから審査に必要な書類をアップロードしていくから、ログインできない限り、手続きが前に進まない。しかも、このシステムの不具合を報告したら、先方の担当者は複数いて、人によって返信が遅かったり、言うことが違ったりで埒(らち)があかない。

 ログインできないなら、メールで必要書類を送ってと言われるが、担当者が変わるごとに、要求する書類も少しずつ違う。6ヶ月分の収入を示せと言う人もいれば、3ヶ月の収入とアメリカの銀行口座の書類を出せと言う人もいたり、夫婦2人分出せと言われたり、はたまた夫だけでいいとか、またその形式も日本語でもいいのか、英訳したほうがいいのかなど、やりとりは20回近くにわたった。その間にも、刻一刻と時間は過ぎていく。一応、希望の部屋は私たちがおさえているはずだけど、この間にもライバルが出現するかもしれない。そして権利はそちらに移るかもしれない。ここはアメリカだ。

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ニューヨークの林檎をむいて食べたい

2026年7月23日
定価 1,980円(税込)
大和書房
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