小泉八雲と妻セツをモデルにしたNHK連続テレビ小説『ばけばけ』が、惜しまれつつ最終回を迎えました。

 ドラマでは、家族に恵まれない人生を送っていたヘブン(トミー・バストウ)が主人公トキ(髙石あかり)に出会い、息子たちに恵まれ、桃源郷のような幸福を感じる様子が描かれましたが、現実には、八雲が世を去ったのち、小泉家には悲劇が連続しました

 雨清水三之丞(板垣李光人)のモデルとなったセツの実弟・小泉藤三郎、八雲とセツの3人の息子(ドラマでは長男次男のみだったが、実際は長男・一雄、次男・巌、三男・清と長女・寿々子がいた)のその後の人生を、『八雲の妻 小泉セツの生涯』(潮文庫)から紹介します。(全3回の3回目/1回目「小泉八雲の18歳年下妻セツへの濃厚な愛情表現」を読む)


50過ぎのセツ

 セツが53歳になる大正10年(1921)1月、英字雑誌『ジャパン・マガジーン Japan Magazine』は「ハーン夫人の日常生活」という記事を掲載した。その中では、セツが西大久保の家で、依然ハーンの書斎を、故人の霊の供養のために生前のままにしていること、家族が比較的に楽な暮らしをしており、セツが華道や茶道、それに喜多流の謡曲の稽古に熱心な毎日を送っていること、長男の一雄は早稲田大学の英文科を卒業し、小松原英太郎が会長を務める東洋協会で編纂の仕事をしていること、次男の巖は岡山の第六高等学校を卒業し、京都帝国大学で電気工学を専攻していること、三男の清は早稲田中学校を卒業し、東京美術学校の洋画科の学生であること、寿々子は家で母親から家事を習っていることが記されている。この時、一雄は27歳、巖23歳、清20歳、寿々子17歳であった。

 セツはすでに9年前(1912)の1月に、実母のチエと死別し、同じ年の8月には、養母のトミを西大久保の家で看取っている。セツは親ヘの孝に最後まで忠実であった。ハーンが没した翌々年、チエが病んだ時には、大阪に出向いて自ら看病に当たり、英字雑誌の報道の三年後には、松江の稲垣家の菩提寺である万寿寺に、実の父母の墓をセツの名で建ててもいる。

 さて、当の年(1921)には、男の子3人の生活に大きな変化が生じ、一雄は横浜のグランド・ホテルに入社し(3月)、巖は結婚に至る一大ロマンスを繰り広げ、清は結核を病んで茅ケ崎の病院に入院した。3歳の時に、風邪から脳膜炎を患った寿々子を別として、ハーンとセツの子供らは、皆、知力と才能に恵まれていたが、いずれも一筋縄ではいかぬ人生の道を歩むことになる。

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