スンスンはたぶん何も考えていない

 まず、スンスンが親友ノンノンに「パンとごはん、どっちが好き?」と訊ねる。どっちか選べず、考え込むノンノン。悩んだ末に「ちなみに、スンスンは、どっちが好きなの?」と聞くと、「ぼくはねえ、パンとごはんとハンバーグとサラダとスープのセットが好き~」と答えるのだ。

 ちなみに「AとBのどちらか」という二択に対して、「AとBの両方」と答えること自体は一応「あり」だ。しかし、「AとBとCとDとE(のセット)」は明らかに、訊かれてもいない情報を付け加えすぎだ。しかも、もともと自分から相手に「AとBのどちらか」と訊ねておいて、いざ自分が同じ質問をされたらこのように答えるのは、凄まじい「二択破り」である。

 また、固有名詞を利用したボケも見られる。「【パペットスンスンのお悩み相談室】#9 鳴き止まない犬への対処法は?」にて、スンスンはおじさんに犬の役をしてもらう。そのときに何の脈絡もなく、おじさん(犬)のことを「バンボボーボンボビエー」という名で呼ぶ。理由は「そういうふうに鳴くから」らしい。

 誰かを特定の名で呼ぶという行為が成功するには、文脈上でけっこうなお膳立てが必要だ。少なくとも、呼ぶ側も呼ばれる側も「この人は(/私は)○○という名前である」と理解しておかなくてはならない。そういう共通の理解がない場合は、名を呼ぶ前に「今日からお前を○○って呼んでやるぜ」ぐらいの宣言はしておく必要がある。しかし、スンスンはそんなのおかまいなしだ。バンボボーボンボビエーという名前の異様さもさることながら、自分の脳内でつけた名前をいきなり相手に適用するのは、明らかに暴走していると言える。

 固有名詞を使ったボケをもう一つ紹介しておこう。「ボベガガ」という動画で、スンスンはノンノンに、あっちで大きなカブトムシを見たと報告する。ノンノンが「あっちってどっち?」と訊くと、「あっちの、ボベガガの方」と言う。ノンノンはスンスンが指さした方に行くが、カブトムシを見つけられない。戻ってきて改めて「ボベガガって何?」と聞くと、スンスンは「わかんない」と答え、逆にノンノンに「ボベガガって何?」と聞き返す。

 人名、地名などの固有名詞をいきなり単独で口にするには、「自分も、そして相手も○○が何であるかを知っている」という前提が成り立っているのが望ましい。自分が○○をよく知らないときや、相手が○○を知らない可能性がある場合は、先に述べたように「○○という人」「○○っていう場所」のような表現が選ばれることが多い。一方、話し手が明確な前振りもなしに単独で「○○」と言う場合にはたいてい、「私は○○をよく知っている」という意味合いが伴う。

 つまりスンスンが「あっちのボベガガの方に」と言った時点で、聞き手のノンノンは「ボベガガっていう名前の何かがあって、スンスンはそれをよく知っているんだな」と推測し、自分の理解を更新する。しかしスンスンはそれを後から「わかんない」「ボベガガって何?」とくつがえすのだから、ノンノンも視聴者も不安になるわけだ。

 しかしスンスンはけっして、悪気があってやっているわけではない。「ぼうえんきょう」のときと同じく、たぶん何も考えていない。そして、単に「何も考えていない」というだけで、これほど面白いボケができるわけでもない。もし普通の人が以上の考察だけを踏まえて「スンスン風のボケ」をしたら、周囲の人々をイラつかせる危険性がある。どうしてもやりたい人は、何十年かの激しい修行ののちに全身からフワフワした青い毛が生えてからやった方がいい。

 また、ここまで書いてきたことは、パペットスンスンの面白さ、シュールさを構成する要素のひとつに過ぎない。スンスンについてはまだ語り足りないので、またいずれ取り上げようと思う。

川添愛(かわぞえ・あい)

言語学者、作家。九州大学文学部、同大学院ほかで理論言語学を専攻し博士号を取得。2008年、津田塾大学女性研究者支援センター特任准教授、12年から16年まで国立情報学研究所社会共有知研究センター特任准教授。著書に、『白と黒のとびら』『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』『ふだん使いの言語学』『言語学バーリ・トゥード』『世にもあいまいなことばの秘密』『日本語界隈』(ふかわりょうとの共著)『「わかってもらう」ということ 他人と、そして自分とうまくやっていくための言葉の使い方』『パンチラインの言語学』『裏の裏は表じゃない』など多数。