この記事の連載
たなかみさきさんインタビュー【前篇】
たなかみさきさんインタビュー【後篇】
ドラマチックになりすぎず、続いていく物語

――たなかさんはラジオで私生活のこともオープンに語っているので、コミックエッセイという方法もあったと思うんですが――。
やっぱりコミックエッセイだと現実のおもしろさを超えられないのと、あとは実在の人物を描くのはやりづらい部分もありました。いくら書いてもいいよと言われても気にしちゃう。実際、大半のエピソードは実話が元になってるんですが、これはフィクションですと言っておくことで、余計な気を遣わずに描きたいことを描ける自由を獲得できたと思います(笑)。
――確かに、仕事終わりにスーパーで待ち合わせて買い物をするつもりが匂いに釣られてラーメンを食べるエピソードとか、大原さんがパンイチで料理をするエピソードとか、電気工事の人に棚に置きっぱだったバイブクリーナーを見られた!? と焦るエピソードとか(笑)、いちいちリアルで可笑しい。
バイブ本体ではなく、バイブクリーナーというところがリアルですよね(笑)。

――そういう普通ならわざわざ漫画で描かない、リアルな生活の些事を描きたい気持ちはありましたか?
ありましたね。一話の中に起承転結が詰まっていて、話がどんどん展開していくタイプの作品もありますが、私が描きたいのは、何も起こらない平熱の生活の中の揺れみたいなものなので、ドラマチックになりすぎないように――というのは常に意識していました。だから、小田さんと大原さんの物語はぬるっと始まってぬるっと終わって、そして人生は続く。生活ってそういうもんでしょ、という気持ちはすごくあります。

――確かに、普通に生活していてドラマチックなことはめったに起こらない。淡々と過ぎてループしてゆくものでもあります。
もちろん、生活しているといろんなことも起こるわけで、大原さんが真っ黒になって帰ってくることもある。毎日一緒に暮らしていると十年来のすごく仲がいい二人でも、帰ってきた相手が真っ黒に見える日もあるんです。
――ありますよね。何も言わないけどどんよりしてるな、みたいな。
そういう微妙な空気の違いは熊本のパートナーにも感じることがあって、相手がそういう状態のときいろんな対処の仕方があると思うんですが、小田さんの場合はとりあえず放っておく。で、大原さんが帰ってきたら、こそっと話をして「お湯飲んで寝な」と声を掛ける。
何かあった? と騒ぎ立てるでもなく、めちゃくちゃ語り合うわけでもなく、ただ近くでちゃんと見ている。どれだけ仲がいい二人でも、わからない部分やあえて話さないことはあるな――ということは私自身、日々感じているので、その空気感を漫画で描けたのはうれしかったですね。
2025.03.22(土)
文=井口啓子
撮影=佐藤 亘