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 イラストレーターでラジオ番組のパーソナリティとしても活躍する注目の人、たなかみさきさんが初の漫画作品『大なり小なり』を出版した。

 小田さんと大原さんという三十代女性二人の同居生活を描いた本作。何も起こらない日常のなかで交わされる、ゆるくもリアルな会話。「家族」でも「恋人」でもない二人の世界が少しずつ混じり合い、予測不可能なグルーヴを描き出すさまにワクワクさせられる。ひとり暮らしの自由さを愛する人も読めばきっと誰かと暮らしたくなるはずだ。


イラストレーターと漫画家の脳味噌って全然違う

――『大なり小なり』はたなかさんにとって初の漫画作品集です。

 かれこれ四年ぐらい前かな。この本を作ってくれた編集者さんが「漫画を描いてみませんか?」と声を掛けてくれたんです。以前から漫画を描いてみたい気持ちはあったので、背中を押してもらった感じでした。

――制作はスムーズに進んだのでしょうか?

 いやいや、大変でした。実際やってみるとイラストレーターの脳味噌と漫画家の脳味噌って全然違う。イラストは基本的に絵でなにかを語るもので、私の場合は絵にキャプションを付けたりもしますが、一枚絵なのでワンシーンだけを切り取って語ったものなんです。

 でも漫画はそういうシーンを連続して見せていくもので、絵だけでなく動作でも語れるし、台詞でも語れる。なんなら沈黙でも語れる場所が多すぎて最初は戸惑いました。まず手法的な面で練習が必要だったし、内容的にも二年かけて書いたネームを一回捨てて描き直したり、試行錯誤したので思いのほか時間がかかりました。

恋人とはまた違った空気感を描く

――女性二人の同居物語という設定はどこから?

 初めての漫画作品なので背伸びはせず、自分の身近なことを描こうと思って。ちょうど当時、美大の同級生の女友達(以下、同居人さん)と一緒に暮らし始めて、いちいちおもしろいなと感じることが多かったので、漫画に描いて残したい! と思いました。

――たなかさんといえば、男女カップルの恋愛の情景を描いたイラストエッセイのイメージがあったので、女二人の同居物語は意外な気もしましたが、実生活がヒントになっていたんですね。

 もともと同居人さんとはしょっちゅう会う仲だったんですが、当時私がひとり暮らしをしていたアパートの隣に大きなマンションが建って、日当たりがすごく悪くなったんです。昼でも暗くてジメジメしてて、当時すでに熊本のパートナーの家と東京の家との二拠点生活をしていたんですが、熊本にいてしばらく留守にしていると部屋にカビが生えたり、郵便物が溜まったり。生活がひどい状況になっていって。

 なんとかしたいと思っていたときにちょうど同居人さんから隣人トラブルで困ってるという電話があって、とっさに「じゃあ、一緒に住む?」と言ってました(笑)。

――『大なり小なり』の小田さんと大原さんも、美大の同級生で長年の仲良しですが、身長も性格も得意な家事も違う。対照的なキャラクターですが、だからこそ役割分担を決めなくても各々が得意なことをやることで生活がまわっていくのが素晴らしい。

 なんだかんだ十年来の付き合いなので気心が知れてるし、なにかトラブルが起こってもゲラゲラ笑いあえる関係なのは大きいですね。私自身、女友達と暮らすのは初めてだったんですが、恋人とはまた違った空気感が新鮮でした。

2025.03.22(土)
文=井口啓子
撮影=佐藤 亘