他方、女性向け作品や21世紀に入ってからの作品があまり取り上げられていないのは、対話を行なった当人たちの世代や嗜好によるものである。したがって本書は日本アニメについての総説的なものではなく、現代のオタクたちが激しい熱量を注いだ特定の作品についての感情の吐露のようなものだと理解されたい。
それだけに、本書で展開される会話にはまるで手加減というものがない。私だけでなく、全員が「ハシャいでいるオタク」なのだ。専門用語、略語、内輪ネタが注釈なしに飛び交い、一般の読者にはおそらくなんの話をしているのかさえよくわからないのではないかと思われる箇所がかなり多かった(というか大部分がそうである)。編集部による念入りな註とゲラ段階での編集によって、ある程度は読解可能になっているはずだが、宇宙人の会話を側で聞いているような感覚はやはり否めない。金まで取って人様に見せていいのかと言われれば、若干自信がないのも事実ではある。
しかし、なんだかよくわからないが何かについて盛り上がっている人たちを見ているのはそれなりに楽しい。私は競馬をやらないが、行きつけの水タバコ屋にはいつも競馬の話で盛り上がっている一団がおり、彼らの話をなんとなく聞いているのは意外と心地よかったりする。聞いているうちに、「どうも競馬業界にはこんな概念があるらしいな」とか、「勝馬を見分ける指標はこういうことらしいな」などと、いつのまにか門前の小僧的な知識を得ていたりもする。アニメにもサブカルにも興味がないという人でも、本書はこんなふうにして楽しんでもらえるのではないか。
アニメそのもののファンには、もちろんその「本丸」たるアニメの話を楽しんでもらいたい。ただ、ジブリ作品からドイツ戦車の蘊蓄へ、『エヴァンゲリオン』からドイツにおける日本研究事情へと、本書の話題はしばしば飛躍する。そのすべてについて深い知識を持っている人は少ないだろう。だからコアなアニメファンもまた、「水タバコ屋の競馬話」のようにして楽しむ余地が本書にはある(といいなと思っている)。
それにしてもみんな本業を抱えて忙しいだろうに、よくも毎回これだけの時間をかけて語り合ったものである。本書に収められた対話はいずれも文藝春秋社のウェビナーとして行われたもので、1回につき2時間ほど話している。1日の仕事を終えてから長丁場に臨むのはちょっと疲れる時もあったが、話が始まると毎回あっという間だった。本書で私と語り合った面々もそうであったらいいなと思っているし、本書を手に取ってくれたあなたも同じ感覚を共有してくれるなら、この試みは大成功ということになろう。
「はじめに」より
ゴジラvs.自衛隊 アニメの「戦争論」
定価 1,243円(税込)
文藝春秋
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2025.01.28(火)
文=小泉 悠