9年間付き合った妻と、結婚を決意したワケ
浅野 最初の結婚で離婚して、アメリカで仕事しようとロサンゼルスに何カ月か滞在して、レンタカーでご飯を買いに行ったときにふと、「オレって独りで死ぬんだ」と思ったことがありました。
だからといって再婚を急ぐわけではなかった。嫁にも話しましたが、すぐには結婚なんかできない、しなくてもいいとさえ思っていた。9年目に結婚したのは、彼女は僕がギャーーとなっても傍にいてくれたからなんです。
嫁は僕のことをいつまでも変わらないヤツだと思っているでしょうが、でもギャーーからキャーぐらいにはなれたと思うんですが。
内田 ある心理学の専門家が言うには、パートナーシップにおいて短いスパンで多くの関係性を築くよりも、一つの密な関係性をずっと続けていったほうが深度の深い幸福度を得られるのだそうですよ。
浅野 ぜひ僕も最後にその幸福度を得てみたいですね。
内田 最後に戦争についてお話ししたいのですが、ガザ地区でもウクライナでも戦闘が続き、どうすれば収まるのだろうとは思っても、私はそれを自分のこととしてとらえるのは正直難しかった。無言館で否応なく戦場に駆り出された画学生が描き遺したおばあちゃん、家族、恋人を見ていると、今と変わらぬ日常があったんだなと、にわかに戦争を身近に感じました。この日常の風景を一瞬にして奪う戦争の無意味さを覚えます。
浅野 戦争が未だに大昔と同じ形で進行していることが本当にナンセンスだと思うんです。人間の争いというものはなくならないのでしょう。だからもし希望があるとすれば、戦いの形、価値観が変わることだと思います。
ビットコインが誕生してお金の価値観が変わるわけですよね。今はバーチャルのお金を大切にしたり、さらに思いもよらなかったバーチャルの恋愛に夢中になったりする。だからバーチャルで争うことができないはずがない。バーチャルで決着がつけば、街は焼け野原にならないし、人が致命的に傷つくこともない。
内田 破壊を繰り返すあまり「そして地上に誰も居なくなった」とならないためにも、戦争がそうなったら最高です。やっぱりアーティストですね、その発想は。
ルーツに導かれるように演技を続けてきた浅野さん。
「なぜ戦争が未だに大昔と同じ形で進行しているのか」と語った彼が『SHOGUN 将軍』で演じたのは、出世のためならば手段を選ばない戦国武将だ。
戦争が絶えない世の中で、作品は世界的ヒットになっている。そして、否応なく戦場に駆り出された人々が
描き遺した日常を無言館は今日も展示する。
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浅野忠信(あさの・ただのぶ)
1973年神奈川県生まれ。ドラマ『3年B組金八先生』(88)を経て、『バタアシ金魚』(90)でスクリーンデビュー。『モンゴル』(2007)が米アカデミー賞外国語映画賞ノミネート。『私の男』(14)でモスクワ国際映画祭最優秀男優賞受賞。カンヌ国際映画祭ある視点部門で『岸辺の旅』(15)が監督賞、『淵に立つ』(16)が審査員賞を受賞。ディズニープラス「スター」で配信中のドラマ『SHOGUN 将軍』が世界的なヒットになっている。
内田也哉子(うちだ・ややこ)
1976年東京都生まれ。エッセイ、翻訳、作詞、ナレーションのほか音楽ユニットsighboatでも活動。著書に『新装版ペーパームービー』『BROOCH』『9月1日 母からのバトン』『なんで家族を続けるの?』(中野信子との共著)など。Eテレ『no art, no life』では語りを担当。本誌連載をまとめた『BLANK PAGE 空っぽを満たす旅』(文藝春秋)が現在9万部のベストセラーに。
2025.01.17(金)
文=こみねあつこ
写真=平松市聖