映画界で活躍していたが…20代後半で感じていた“葛藤”
浅野 でも葛藤はあったんですよ。だんだん同じようなことをやっているような気もしてきた。そんなとき相米慎二監督に出会い、「浅野君はバカなんだから、台本を何回も読みなさい」と言われました。
内田 『風花』の撮影のときですか。
浅野 はい。だから20代後半です。どういう意味だろうと思って、本当に台本を何回も読むようにしたんですね。すると、10回読んでいると同じようなフィルターで読んでいるから飽きてくる。でも11回目からは違う見方をしたくなる。12回目は別の役の立場から、13回目はヒロインになったつもりで読んでいた。そうすると自分の役がよく見えるようになるんです。だから今でも台本を読んでいると、1人で何役もやるので、「おい、何やってたんだよ」「お前こそ何やってたんだよ」……と、まるで落語のようですよ。
内田 『SHOGUN』でハリウッド俳優としてさらに確立されて。
浅野 いや、まだまだですよ。
内田 そんな浅野さんはアーティストでいらっしゃるからこそ無言館でお目にかかりたいと思ったんです。昨年夏、ロンドンのジャパン・ハウスにあるギャラリーにふらっと入ったら、浅野さんの作品が展示されていて、魅入ってしまいました。
浅野 まさか見ていただいたとは。うれしいなあ。
内田 浅野さんにとって「絵を描く」とは?
浅野 2013年に映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・上海』の撮影で中国に長期滞在したとき、ストレスで立ち止まっている自分を感じたんです。持っていた黒のボールペンで目の前にある台本やホテルのメモ帳、薬袋などに絵を描きまくっていたら、すごく楽になりました。帰国後も描き続けたら3634枚にもなって、ワタリウム美術館でドローイングの個展をやっていただきました。
内田 描きまくる浅野さんは、出征の朝、あと10分、あと5分描かせてくれとギリギリまで筆を握っていた画学生を彷彿させます。
浅野 その後も立ち止まることはあったんです。コロナで仕事が止まったり、思いがけなかった困難な状況もありました。いつも絵を描くことで救われました。
2025.01.17(金)
文=こみねあつこ
写真=平松市聖