入内するだろう姉の話で盛り上がった客人が去った後、彼女がぽつりと漏らしたのは、ささやくような諦めだった。

 華やかな着物と中央のめずらかなお土産、それに似合わない大量の書籍にうずもれた小窓から、世界はどんな色をして見えていたのだろう。

 いつの間にか梓の中には、鬱屈した彼女の数少ない理解者は、自分なのだという自負心が生まれていた。

 自分の両親や兄姉に対してすら冷ややかな態度をとった冬木は、一度でも自分が心を許した者や、無垢なものに対しては、驚くほどに思いやり深かった。

 迷い込んできた小さな猫や、抱えられてやって来た赤ん坊を見る時など、ごくまれに、ものやわらかに微笑むことがあったのだ。そんな時、ふふふ、と胸に響かないように笑う声は春先の風のようで、梓には何より好ましかった。

 確かに、冬木は捻くれていて、一筋縄ではゆかぬ御仁ではあったけれど、決してそればかりの女ではなかった。梓は、彼女が誰に対しても引いている一線を越える一人目になりたくて必死だったし、そんな心を敏感に察した冬木も、まるで、自分の胸元に来ようと、必死で裳裾(もすそ)に爪を立てる仔猫を見る眼差しで梓を眺めていた。

 かわりばえはしなかったが、穏やかで、あたたかな日々だったと思う。

 ――転機が訪れたのは、冬木が十八、梓が十二になった頃のことである。

 中央に出ていた冬木の兄、玄喜(げんき)が、仲良くなったという友人を連れて北領に帰って来た。

 この友人達というのが、まあ、どうしようもなく腹立たしい連中だったのだ。

「いやあ、姫様もお可哀想に。こんなところで閉じこもるしかないなんて」

「中央はいいですよ。中央の話をして差し上げましょう」

 そう言って彼らは、自分の一族が中央でいかに財を築き、今はどれだけ豊かで華やかな暮らしをしているのかを、こちらの反応には全く頓着することなく、延々と語って聞かせるのである。

 これには参った。

 むっつりと黙り込んだ冬木に代わり、梓はそれとなく中央の政治に水を向けたが、そんなことよりも、とすぐに自分の贔屓にしている反物屋が作り出した夏の意匠の話になってしまうのだ。

2024.09.28(土)