「怪我はないか!」
光の中に現れたのは、日に焼けた、精悍な面差しの青年だった。
化粧をしているわけではないのに、眉が描いたようにはっきりとしていて、その眼差しはまぶしいほどにまっすぐだ。たくましい体つきをしており、筋肉の綺麗に盛り上がった二の腕が、めくれあがった袖から見えている。
我に返った瞬間、自分の背後に冬木を庇うように立ち、梓は叫んだ。
「この方をどなたと思っておられるのです! おさがりなさい」
一瞬目を見開いた青年は、自分が前にしているのが誰であるかを悟ったのか、途端に顔色を変えてその場にひれ伏した。
「これは、大変失礼つかまつりました」
梓は慌てて振り返り、冬木の無事を確かめた。
「冬木さま、冬木さま。お怪我はありませんか」
しかし梓の主は、魂をどこかに置き去りにしたかのような顔つきで、地面で跪く青年を見下ろしている。
「冬木さま?」
不審に思って名を呼べば、ハッと目を瞬いた。
「ああ、大丈夫。あたくしなら、大丈夫よ」
「良かった」
安堵の息を吐いたのち、眦を吊り上げ、梓は青年に向き直った。
「一体、何があったのです」
「本当に、申し開きのしようがございません。あの、私が蹴った鞠が、こちらに……」
見れば、青年のはるか後方では、例の中央貴族たちが、小さくなってこちらの様子をうかがっている。
梓は、先日の無礼の件も含め、もう我慢がならないと思った。
「これは、お館さまにもご報告します」
追って沙汰を、と言いかけたところで「お待ちなさい、梓」と冬木がそれを制止した。
「御簾はこんな風になってしまったけれど、誰も怪我もしなかったし、鏡も割れていないわ。ここは、穏便におさめましょう」
いつもの彼女らしからぬ、か細い声である。
すっかり小さくなった冬木を怪訝に思いながら「冬木さまがそうおっしゃるのなら……」としぶしぶ引き下がった梓は、それを聞いた青年が、ほっと安堵の息を漏らすのを聞きとがめた。
2024.09.28(土)