「冬木さまがお許しになったとしても、これは大変に、礼を失した行為です。内々でことはおさめますが、二度とこんなことのないよう、くれぐれも注意なさって下さい」

「はい、それは勿論です」

 真摯に頷く青年の面差しに、おや、と梓は気付いた。

 こうして見ると、先日間近で見た連中のなまっちろい顔とは、似ても似つかない。

「あなた、中央の者ではありませんね。どこの、どなたです?」

「申し遅れました。自分は、垂氷の雪正です。垂氷が郷長が嫡男、雪正でございます。本日は父と共に参上したのですが、そこで、彼らに誘われまして」

「ゆきまさどの……」

 ぼんやりとした声のもとを見やって、梓は仰天した。

 冬木は、梓が今までに見たことのない顔をして、頬を真っ赤に染めていたのだった。

 その夕方のことである。

 すでに日は落ちて、あたりはすっかり暗くなっていた。

「梓殿」

 冬木の茶器を下げようと廊下に出た梓は、庭先から名前を呼ばれてびっくりした。

「昼間の」

「はい。先ほどは大変失礼をしました。垂氷の雪正です」

「今度は、一体何のご用ですか」

「改めて、お詫びに参りました。あの、喜んで頂けるかは分かりませんが、これを」

 そう言っておずおずと差し出されたものを見て、梓は返答に困った。

 ――さて、なんと言ったらよいものか。

 腹立たしさに任せて、もう顔を見せるな、と言ってやりたい気持ちもあったが、冬木の気持ちを思い、それはぐっと我慢した。

「……垂氷の嫡男ともあろう方が、こんな、こそこそと庭からいらっしゃるなんて」

「それはその、お恥ずかしい限りです」

「あちらから、ちゃんと上がって来て下さいませ。冬木さまにお通しいたします」

 昼間からすっかり物静かになってしまった冬木は、雪正が来ていると聞くと、小さな悲鳴を上げた。そして、まるで童女にでもなってしまったかのような顔で、梓に縋ってきたのだった。

「どうしよう、梓。あたくし、あの、変な格好ではないかしら」

2024.09.28(土)