実際、一緒に過ごしてみると、拍子抜けするくらい冬木は梓に対して親切であったのだが、一方で、その前評判に頷ける部分もあったのだった。

 北家の姫ともなれば他にいくらでも仕えたいと希望する者はいただろうに、どうして自分を選んだのかと聞いた時のことだ。

「あたくし、馬鹿は嫌いなの」

 さらりと毒づいた彼女の目は、普段の様子とは打って変わり、冬に張った氷のごとく青白い光に満ちていた。

「あの子達が仕えたいのはね、体が弱くて可哀想な主家のお姫さまであって、あたくし(・・・・)ではないの。主の意向に背くことは絶対にないから、自分の意志で口を開くこともない。あれは馬だといえば、鹿さえも馬であると頷く者ばっかりよ」

 ろくに会話も出来やしない、と、そう言う声に温度はなかった。

「この先、あたくしは長く生きられるわけではないのだもの。どうせなら、気に入った子と、楽しく過ごしたいじゃない。何も考えていない馬鹿の相手で時間を無駄にするなんて、まっぴらごめんよ」

 ――屈託なくそう言う彼女には、大貴族特有の傲慢さがにじみ出ていた。

 冬木は貴族の姫として求められる以上に読書を好み、盤上遊戯を得意としていた。一読した書籍の内容は絶対に忘れなかったし、すごろく、将棋、囲碁、カナコロガシ、武人達が使う兵法の盤上訓練に至るまで、彼女と対戦して、勝てた者はいなかった。

 たまに、現役の武官や、朝廷で働く官人が見舞いがてらに相手になってくれることもあったが、そんな時ですら、彼らは一様に「いやあ、姫さまはお強い」と口を揃えるのである。

 多くの者は、北家のご機嫌取りのために、彼らはわざと負けたのだと信じて疑わなかった。だが梓は、「手加減してやったんだ」と裏で嘯く彼らのほとんどが、実際は対戦中に冷や汗を浮かべている姿を目にしていた。

 また、中央の土産話を持ってくる客人は少なくなかったので、冬木は決して多くはない言葉の内から、梓が思いもしないような見解を見せることもしばしばであった。

2024.09.28(土)