「あなたが梓ね」
そう言って寝台から身を起こし、脇息にもたれた冬木は、記憶に残りにくい面差しをしていた。
顔立ちそのものは父親譲りなのだろうが、屈強な体つきと闊達さによって堂々とした印象を持つ父とは違い、その手足も首も異様なくらいに細く、表情は暗く沈んでいた。小さく開けた口からは、ひゅうひゅうと常に苦しそうな呼吸音が漏れており、やわらかそうな髪の毛は寝癖が直らないまま、血の気のない頬にはり付いている。
型どおりの言葉を交わした後、唐突に、冬木は梓に質問を投げかけてきた。
「ねえ、あなた。あたくしのお姉さまは、若宮殿下に入内できると思う?」
当時、冬木の姉であり、北家一の姫である六つの花は、日嗣の御子の正室候補として噂されていた。
冬木に同じことを訊かれた他の者は「もちろん、お姉さまが入内できるに決まっています」と答えたらしいのだが、この時、梓はじっくりと考え込んだ後、こう答えたのだ。
「中央のおやしきでは、東の人たちが、東家の姫さまがお嫁いりするだろうと言っていました。きっと、西のおうちは西の姫さまが選ばれるだろうと思っているでしょうし、それは南のお家もいっしょだと思います。だから、本当はどうなるのか、私には分かりません」
それを聞いた冬木は満足げに微笑して、「気に入ったわ。あなた、今度からあたくしに付きなさいな」と命令したのだった。
梓達からすれば青天の霹靂であったが、名誉な話には違いない。北家夫妻が乗り気だったこともあり、すんなりと、冬木付きの女童となることが決まったのだった。
伝え聞いた冬木の評判は、決して芳しいものではなかった。
下の者に対して思いやりがなく、意地が悪いと盛んに噂されており、彼女に仕えることになったと伝えた者には、「機嫌を損ねたら、すぐに追い出されてしまうぞ」と半ば脅すように言われてしまった。
2024.09.28(土)