「それで返り討ちにされてちゃ世話ないやね」

 軽やかに起こった笑声にも、不機嫌そうな声は変わらない。

「お方さまもお館さまも、どうしてあいつを手元で育てる気になったんだか、てんで不思議でならないね。さっさと中央に養子に出しちまったほうが、お互いのためだったのにさ」

 冬木さま(・・・・)だって、きっと恨みに思っていることだろうよ、と。

 ――もう、聞いていられなかった。

 勢いよく戸を開けば、それまでこちらに気付いていなかった女達が、ぎょっとした面持ちで口をつぐむ。

「お方さま」

 先ほどまで悪態をついていた女の顔にも、しまった、と露骨に書いてある。

 息子のためにも、何か言ってやらなければならない気がするのに、怒りとも、悲しみともつかない何かで胸がいっぱいになり、結局、口をついて出たのは、全く関係のない言葉だけであった。

「……あちらで、雪馬が寝ています。私はこれから出ますので、誰か、見てやって下さい」

 早口で告げ、踵を返した瞬間、「梓さま」と狼狽した声が背中にかけられたが、とても、振り返る気にはなれなかった。

 自分が、雪馬や雪雉と分け隔てなく育てたつもりの次男――雪哉の今は亡き母親は、かつて自分が仕えた、大貴族の姫君であった。

***

 二人が出会ったのは、今から二十年ほど前、梓が七歳、冬木(ふゆき)が十三歳の時のことだった。

 東西南北の四大貴族のうち、北領(ほくりょう)を治める北本家二の姫であった冬木は、生まれつき体が弱く、そう長生きは出来ないだろうと言われていた。

 一方の梓は、父親こそ長く北家(ほっけ)に仕えていた一族の出であったものの、母親は、北家とは系列を異にする東家(とうけ)方の中流貴族である。梓自身、中央にある母方の屋敷で育てられたため、それまで、北領にある領主のお屋敷から出ることのない冬木とは、顔を合わせたことがなかった。

 新年の挨拶にと連れて行かれた先で、今日は姫の調子がいいからと、初めてのお目通りがかなったのだった。

2024.09.28(土)