「どうせなら、郷吏達には絶対に出来ない方法を試してみよう」

「そんな方法があるのですか」

「まあ、黙ってついて来い」

 指についた米粒を舐めると、若宮は寄りかかっていた木から体を起こした。どうするつもりなのかと、大人しく若宮に続いた雪哉はしかし、すぐに首を捻る事になった。それと言うのも若宮は、宿場町に着く前と同じように、最近何か変わりはないかを訊いて回っただけだったのである。

 時節による客足の変化や、ここ数年の商品の変遷、酒場で働く女による亭主の愚痴まで、話の種類は多岐に渡った。中には、仙人蓋と絶対に関係ないだろうと思えるものも多かったが、若宮は根気強く話を聞き続けた。

 若宮の行動の意味が分からずに、雪哉は完全に置いて行かれた気分になった。この感じは、若宮に仕えていた時にはお馴染みだったものである。

 宿場をあらかた回り終え、いいかげん雪哉も疲れて来た頃だった。

 飴湯を売る老爺の言葉に、初めて若宮が明確な興味を示した。

「変わった事と言えば、最近は栖合(すごう)の方で、不知火(しらぬい)がよく見えるようになったと聞きますな」

「不知火?」

「ええ。昔は滅多に見られないもんでしたが、ここ十年くらいですか。山の(はた)で、一年のうちに五回も六回も見えるようになったそうで」

 ――山の()(かぎろい)立つ、という。

 山の端とは、中央から最も離れた辺境を指す言い方である。文字通り、山内の端であるとされていて、そこを越えてしまうと、二度と帰って来られなくなるという言い伝えがあるのだ。

 不知火は、夜の辺境で迷子になったものを惑わす「お化け」であるとされていた。

 本来であれば、山の端を越えた先には住む者はいないので、人家の明かりもなく闇夜では何も見えないはずである。ところが、暗闇の中で道しるべを失った者は、あるはずのない光を山の端の向こうに見る事がある。それを民家と思って近付いてしまうと、いつの間にか山の端を越えてしまい、山内では行方が分からなくなるのだ。

2024.07.27(土)