「常連だったので、屋台の親仁が顔を覚えとりました。あいつは余所者の商人と話をしていて、勘定も一緒、屋台を出るのも一緒だったそうで」
親仁は、あの男が最後に一緒だった者を「初めて見た顔だった」と証言した。大きな荷物がなかったので、近くの宿屋の宿泊客かと思ったらしい。
しかし、「ここから先が大変だ」と郷吏は唸った。
「今から、あの男と商人の人相書きを広場に貼り出したり、宿屋の女将なんかに訊いてみようかと思っとるんですが。何分、ここにいる者の八割が旅人ですからなあ」
新しい情報が得られるかは、怪しいものだと言う。
しかも、本当にその商人が仙人蓋をもたらしたという確証もないのだ。屋台を出て、そいつと別れた後、全く違う相手に薬を渡されたのだとすれば、今行っている調べはまるごと無駄になってしまう可能性すらあった。
礼を言い、雪哉と若宮は、郷吏のいる宿屋を出た。
日は、すっかり高くなっている。
いいかげん腹の虫もうるさくなってきたので、二人は広場脇の木陰に腰を下ろし、雪哉の母が持たせてくれた握り飯を頬張った。
「あまり、有益な情報はありませんでしたね」
握り飯の中身は、去年の今頃に漬けた小梅の梅干しである。酸っぱさに目を細め、竹の水筒を渡しながら声をかけると、若宮は「そうでもないぞ」と言い返した。
「最初に、郷長屋敷にもたらされた情報がある。この宿場で売人と接触した者は、少なからずいるはずだ。屋台の親仁殿の証言、最初の情報をもたらしてくれた者の証言――幾人かの証言を繋ぎ合わせれば、自然と答えは見えてくるはずだ」
あやしげな薬の売買をもちかけられたが、結局買わずに済んだ者が他にいるかもしれないのだ。郷吏達が大々的に喧伝し、宿場町の有力者が捜査に協力的であれば、時間はかかっても、必ず売人の姿は浮かび上がって来るに違いないと若宮は言う。
「では、僕達はどうしましょう。郷吏達の手伝いでもしますか」
見上げて問えば、若宮はすぐに「いいや」と首を振った。
2024.07.27(土)