原作者でありながら茶道指導者の役目を担いスタッフの一人となった森下さんは撮影現場を目の当たりにして、驚きと感嘆の日々を送ることになる。

 樹木希林さんの演技と生き方はむろんのこと、多くの技術者たちの仕事の一つ一つに森下さんは真っすぐに驚き、真っすぐに感嘆する。

 こんなことができるなんて。

 こんなことまで表現するなんて。

 ここまでやるのか。ここまでやれてしまうのか。

 すごい、すごい、すごい。映画の撮影現場ってすごい。

『茶の湯の冒険』の一節一節から、森下さんの興奮が響いてくるようだ。

 映画原作の『日日是好日』の中に、十五歳の少女ひとみちゃんが登場する。茶道に憧れ、森下さんの師、武田先生に弟子入りしてきたのだ。そのひとみちゃんが茶道に関わるあらゆるものに、生き生きと反応する様が、撮影現場に触れた森下さんの瑞々しい態度と重なる。少なくとも、わたしには、重なって感じられた。『茶の湯の冒険』は、森下さんの内から溢れる少女のときめきを伝えてくれるのだ。

 それは、作家森下典子の筆の力があってこそ伝わってくるものでもある。過剰でも過小でもなく、身の内や外に生じたものを淡々と的確に、しかし、どこにもなく誰にも真似できない文体で表す。森下典子の文章は自在で自由でありながら、独自の規律があり、優美かと思えば、わたしたちの日常の言葉にするりと寄り添う。

 これは、茶道に似ている……のだろうか。

 と、わたしは胸の内で呟いた。

 わたしは茶道とは無縁の、ペットボトルのお茶をラッパ飲みするような人間である。それでも『茶の湯の冒険』や『日日是好日』を読んでいると、茶道が一部の選ばれた人たちの稽古事ではなく、わたしたちの日々の暮らしと細やかに結びついていると思えるのだ。己を解放すること、楽に息をすること、自然の理に身を置くこと、他者を知ること、一日一日を生きていくこと。そんなところに繋がっているのだと。

 森下典子の文章もそうだった。

2024.04.24(水)
文=あさの あつこ(作家)