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憧れは憧れとして、自分の個性と向き合う

――名もなき過去の方々への鎮魂でもある、と。伝統芸能ゆえの奥深さだと思います。

 素晴らしい演技で魅了した先人がいてそのやり方がやがて型となります。けれどその型はその人の個性を存分に生かした結果ですから、誰にでも合うというものではない。世阿弥の残した「離見の見」という言葉に通じることだと思うのですが、憧れは憧れとして心に抱きながらも自分の個性と向き合い、冷静に見つめることの大切さを考えるようになりました。

――まさに「憧れるのはやめましょう」ですね。

 自分は曽祖父の六代目菊五郎に憧れて歌舞伎俳優になりましたが、六代目とは個性も生きている時代も違います。爆発的ヒットを産んだ優れた型には功罪両方あって他をかき消してしまう一面もあるということに対して、ちょっと冷静になろうと思うようになりました。

――昼の部で演じている『狐狸狐狸ばなし』はもともと歌舞伎ではなかった作品ですね。

 森繁久彌さん主演で初演された作品で、僕が演じているおきわは山田五十鈴さんでした。それが大ヒットし何回か上演された後に歌舞伎では中村屋のおじさん(十八世中村勘三郎)が主演なさったのですが、『狐狸狐狸ばなし』を歌舞伎に置き換えるなんてすごい発想だなと思います。

――おきわは主人公である伊之助の女房で、あろうことか仏に仕える身の重善と深い仲。重善を慕う個性強烈な娘もいて……という人間関係のなかで描かれる喜劇。勘三郎さんによる初演では中村福助さんが演じられた役でした。

 その後もおふたりの顔合わせで何度も上演されていますから、皆さんその印象がとても強いと思います。ただ自分が演るのであれば、ぱあっと明るい福助さんのような感じにはならないだろうと思いました。


――時代もちがいますしね。あの頃はすでにバブルこそはじけていたものの、今よりもずっと世の中に活気があり明るい雰囲気でした。

 初演ではないのですが森繁さんの舞台映像を拝見したら、歌舞伎バージョンのようなエネルギッシュな感じではなくテンポ感も違っていました。山田五十鈴さんのおきわもどこか深いところにエネルギーが沈んでいるような印象で。役者の個性に加えて時代が求めるものというのがあるのでしょうね。

――大どんでん返しが待っている物語だけに詳細に踏み込むのは控えたいと思いますが、右近さんはおきわという女性をどのようにとらえていますか?

 伊之助のことを嫌だ嫌だと言っていますけれども、夫婦でいることで助かっている面もあるのだと思います。だけどやっぱり恋はしたい! ということなのでしょう。それってけっこう多くの人の本音だったりして(笑)。

――かもしれませんね。

 楽しくて笑えるお芝居ですが、なるべく普通にやりたいと思っています。このごろ舞台に立っていて感じるのは、お客様がより本質的なところで作品世界を楽しもうとしていらっしゃる気がするということなんです。景気のよかった時代の映像にあるような客席と一緒に盛り上がる雰囲気とは一線を画しているというか……。

 数々の先輩方がつないできた『道成寺』のような舞踊ではより一層それを感じます。だから先輩方がなさってきた『道成寺』に恥じない、踊りを捧げたいという気持ちが強いです。でも責任を全うしただけで終わりたくはない。たまたま通りかかった人が見ても感動するような、玄人も素人も腑に落ちるように演じていきたいと思っています。

――それが両立してこそ味わえるものこそ、歌舞伎の醍醐味だと思います。

 歌舞伎は芸術でありながらコントにも通じる部分すらある、一筋縄ではいかないエンタメだと実感します。どの演目にしろ演じる役にその都度きちんと向き合い、今を生きる自分だからできるものを追求していきたいと思います。

壽 初春大歌舞伎

2024年1月2日(火)~27日(土)【休演】9日(火)、18日(木)
昼の部 當辰歳歌舞伎賑、荒川十太夫、狐狸狐狸ばなし
夜の部 鶴亀、寿曽我対面、息子、京鹿子娘道成寺
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/851

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2024.01.20(土)
文=清水まり