この記事の連載

 2010年から世界中を自転車で旅しているスイス人家族のパッシュファミリー。彼らがたどった道のりは、およそ13年間で9万1,000kmにもおよびます。

 旅の途中で生まれた娘2人とノマドライフを送る生き方を選択したグザヴィエさん&セリーヌさん夫妻に、自転車で旅に出たきっかけや、印象に残るエピソードを聞きました。

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命の危機の教訓として、テントは2つ持っている

――まずはセリーヌさんにお話を伺います。そもそも、自転車で旅に出ることになったきっかけは?

セリーヌ・パッシュ(以下セリーヌ) グザヴィエと出会う前から、彼には自転車でスイスからニュージーランドを走破するというプランがあったんです。そのタイミングでグザヴィエと出会って、彼から「一緒に旅に行かない?」と誘われたのがきっかけです。

――過酷とも言える、大自然の中での自転車旅を続ける理由を教えてください。

セリーヌ 私たちは自然が大好きで、自然の中に身を置くことが、何よりも幸せなんです。私は人類学者・作家として生計を立てているのですが、人類学というのは文化を学ぶこと。旅をする中で、毎日さまざまな土地の文化を学ぶことができることが、とにかく幸せですね。また、私たちが人生で最も重要視していることは“家族が一つにまとまっていること”で、それができるのがこの旅なんです。今、本当に幸せですし、お金には代えられない体験ができていると感じています。

――旅で起きた最大のピンチは?

セリーヌ 特に怖かった体験はアラスカでクマと遭遇したことです。ある日、自転車で下り坂を走っているとき、先頭にいたグザヴィエが道路にいるグリズリーベアを発見。彼は念のため持参していたクマよけスプレーをかけたのですが、その時、私の自転車のブレーキが効かず、グザヴィエにぶつかって地面に倒れてしまいました。辺りには荷物が散らばり、膝が血まみれになるという混乱と痛みの中で、グリズリーベアは私たちからたった数メートルの距離を通り過ぎて行きました。とても怖かったですが、この体験をきっかけに、クマが同じテリトリーに生きていることを、精神的に受け入れることができました。人間が環境や生き物を支配したがる中で、そのクマは私たちがどうあるべきかを思い出させてくれたのだと思います。

 この出来事の教訓として、私たちはテントを2つ持っています。1つは食べ物の匂いが全くしない、寝るためのテントとして。もう1つは嵐や雪、雨の時に食事をするためのテントとして使い分け、動物に襲われる危険を回避しています。

2023.12.10(日)
文=石橋果奈
撮影=細田 忠
写真提供=パッシュファミリー