夫の僕がいうのもなんだが、カミさんはとにかく話が上手い。講演に行けば、たちまち聴衆を惹きつけてしまう。夫婦で講演を依頼されたときには、だいたい最初にカミさんが話す。まさに「立て板に水」とはこのことで、会場はいつも拍手喝采、笑いの渦。

 それを聞いているうちに、僕は「俺、こんなに上手く話せないよ……」と、どんどん萎縮してしまうほどだった。

「本当は、ペコは寂しいんじゃないか」

 ただ、ドラえもんを辞めた後、彼女が講演で話す内容は確実に変わった。

 最初の挨拶にしたって、それまでは恒例になっていた第一声「コンニチハ。ボク、ドラえもんです」は、もう使えない。

 僕はカミさんの横顔を眺めながら、勝手に思いを巡らさずにはいられなかった。

「本当は、ペコは寂しいんじゃないか。ドラえもんを辞めたこと、本当は後悔しているんじゃないかな」と――。

 しかし彼女の口からは、そんな言葉が出たことはない。それに、カミさんが考えに考えた末に出した結論なのだから、僕が口を挟むことじゃないだろう。

 何より、「互いの仕事に口を出さない」というのが僕たちのルールのはず。僕があれこれ言うことで、彼女の心にさざ波を立てたくなかったのだ。

娘になった妻、のぶ代へ(双葉文庫)

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2023.11.11(土)
文=砂川啓介