「集団になったら人は変わるし、祭りの高揚のような感じで惨劇が起こってしまう」

――関東一帯に戒厳令が敷かれ、福田村でも一触即発の緊張が高まる中、行商団の一行と村人が衝突し、事件へと至ります。澤田夫妻や倉蔵は、パニックになった村人らに冷静になれと必死で訴えますが、それでも彼らを止められなかった。虐殺という行為自体も恐ろしいですが、それ以上に、道理も倫理も通じない人々の姿に心底ゾッとします。

 ああなったらもう、誰にも止められない。集団になったら人は変わるし、ある意味、祭りの高揚のような感じで惨劇が起こってしまう。だから、さっき言った「一人一人は優しくて善良なのになんでこういうことをやっちゃうんだろう」ということのキーワードも「集団」です。集団の一部になった時に人は変わってしまう。

――一人一人は高い志や道徳観を持っていたとしても、いざとなったら長いものに巻かれてしまう。映画でも豊原功補さん演じる自由民権運動かぶれの村長が、結局は流れに呑まれてしまう。あの姿も他人事とは思えず、自分だったらどうしていたか考えてしまいます。

 僕もたぶん彼に近いと思います。福田村事件が起こった時代は、大正デモクラシーから日本が戦争に向かっていく時代でもあったわけですが、大正デモクラシーって結局は高邁な理論でしかなくて。人間って自由や人権を語っていても、結局は不安や恐怖に負けてしまい、自分や家族を守らねばならないとの意識に圧倒されてしまう。

 豊原さん演じる村長は、その体現者ですね。それは今の時代も一緒です。政治権力とメディアは、台湾有事とか北朝鮮の脅威などとアナウンスして国民の不安を煽る。見えない敵を無理やりに可視化しようとする。過剰防衛がどんな事態を招くのか、過去の事例を見てわかってるはずなのに、全然学んでないなって。

「何か起こってからでは遅い。大事なのは事実を知ること」

――映画では、福田村事件の背景として、政府や警察が率先して「朝鮮人が集団で襲ってくる」というデマを流す様子も描かれます。民衆の不安や恐怖を煽って、異質なものを排除し、都合よく洗脳しようとする動きは、今の日本でもヒシヒシと感じます。

  「何かあったらどうするんだ」の閾値がどんどん下がってますよね。それは、政治家が不安を煽ると支持率が上がって、メディアが不安を煽ると発行、売上部数や視聴率が上がるからでもあるんだけど、ヘイトスピーチやクライムも増えているし、公園の仕切り入りベンチはホームレス排除が目的です。つまり自分たちと違う人を敵としてみなす傾向がとても強くなっている。

 数カ月前に新宿駅で、料理人の男性が電車に持ち込んだ包丁を見た乗客たちがパニックになって暴走し、結果として3人が怪我をしたという事件も、集団化ヒステリーの顕著な例だと思います。

――何か起こった時、パニックにならないためには、どうすればいいか。今『福田村事件』が公開されることの意味は、想像以上に深いものがありそうです。

 何か起こってからでは遅いので、やっぱり大事なのは、まずは過去にあった事実を知ることです。

 特に最近この国は、自分たちの負の歴史をなかったことにする傾向が強まっている。これは人間にたとえるとわかりやすいんだけど、人は挫折とか失敗とか失恋とかを重ねながら成長するわけで。それを全部なかったことにして成功体験ばかりを記憶しているやつなんて話したくもないし、絶対にまた同じ失敗を繰り返すと思います。

 もちろん、『福田村事件』は映画ですから解釈は自由だし、何かを強制しちゃつまらないと思うので、まずは楽しんで見てください。その上で皆さん一人一人が考えてもらえたら嬉しいですね。

森達也(もり・たつや)

1956年5月10日、広島県呉市出身。’95年の地下鉄サリン事件発生後、オウム真理教広報副部長を務めていた荒木浩と他のオウム信者たちを被写体とするテレビ・ドキュメンタリーの撮影を始めるが、所属する制作会社から契約解除を通告される。最終的に作品は『A』のタイトルで’98年に劇場公開され、さらにベルリン国際映画祭など多数の海外映画祭に招待されて世界的に大きな話題となる。‘99年にはテレビ・ドキュメンタリー『放送禁止歌』を発表。映画作品としては『A2』(’01)、『311』(’11)、『FAKE』(’16)、『i ー新聞記者ドキュメントー』(’19)などがある。また、『A3』(集英社インターナショナル)が講談社ノンフィクション賞を受賞するなど著作も多い。近著に『千代田区一番一号のラビリンス』(現代書館)。

映画『福田村事件』

9月1日(金)より、テアトル新宿、ユーロスペースほか全国公開
監督:森達也
脚本:佐伯俊道、井上淳一、荒井晴彦
出演:井浦新、田中麗奈、永山瑛太、東出昌大、コムアイ、木竜麻生、松浦祐也、向里祐香、杉田雷麟、カトウシンスケ、ピエール瀧、水道橋博士、豊原功補、柄本明
配給:太秦
​https://www.fukudamura1923.jp/

2023.08.30(水)
文=井口啓子
撮影=平松市聖