「これ、誰が出てくれるの?」から始まったキャスティング
――キャストはどのように決まったのでしょう?
キャストを決める前、プロデューサーやみんなで集まった時、これ、誰が出てくれるの? って話になりました。どう考えても炎上案件だし、下手したら反日映画だって大問題になる。こんなリスクのある映画に出てくれる俳優は、たとえいたとしても、事務所がOKするかなって。
幸い、井浦(新)さんだけは荒井さんをを含めてほとんどのスタッフと縁が深い若松プロの看板俳優なので主演することはほぼ内定していたんですが、あとは誰が出てくれるんだろうって思っていたら、まず東出(昌大)さんが森さんが撮るなら何でもいいからやりたいと言ってきてくれて。他もスケジュールの問題でダメだった方以外は、ほぼ打診した方に受けてもらえてホッとしました。
――本作は、井浦新さんと田中麗奈さん演じる朝鮮帰りの澤田夫妻、東出昌大さん演じる船頭の倉蔵、コムアイさん演じる、寡婦である咲江と、複数の視点から描かれています。事件の被害者でも加害者でもなく、さらには史実にも登場しない彼らの物語があることで重厚に感じました。
やっぱり加害者側と被害者側だけだと、見え方が扁平になっちゃう。物語ってある種の異物を入れることで動き出すので、澤田夫妻のように外部から村に帰ってきた人や、事件とは直接関係のない、いろんな人の視点をいろんな角度から入れることは意識しました。
それと、これは史実をそのままなぞった再現ドラマではありません。史実にインスパイアされたフィクションです。そう思ってもらったほうがいい。
――香川から来た行商団は被差別部落の人間で、どれだけがんばっても幸せになれないという絶望や憤りを抱えながら、山師まがいの仕事はしても仁義は失わず、仲間で支え合って懸命に生きている。本作ではそんな被害者のバックボーンだけでなく、彼らを不審者扱いし、虐殺してしまう加害者である村人たちのバックボーンも丁寧に描かれています。柄本明さん演じる老人が、尊敬されたくて大陸で中国人を殺したと嘘をついていたり。観る方も、こういう人だったらこういう状況で、こんな言動をしてしまうのも無理はないよねと、共感はできずとも納得してしまうリアリティがあります。
映画やテレビドラマの常道としては、被害者側にウエイトを置いた方が見る人が感情移入しやすいので、被害者側の視点から加害者側を悪として描くんですが、僕は加害者側をモンスターとしては絶対に描きたくなかった。オウムの時と同じように、加害者側の日常や喜怒哀楽をきちんと描くことで、加害者側も普通の人間なんだってことを描きたかったんです。
――役者さんたちの演技も素晴らしいです。特に、東出昌大さん演じる船頭の倉蔵や永山瑛太さん演じる行商団のリーダー・新助のワイルドでアナーキーな存在感には、抑圧された村人たちとの対比もあいまって、惚れ惚れさせられました。
東出さんも瑛太さんも、本当に素晴らしい演技をしてくれた。新助は部落の出身者で、田畑を持てないからこんな離れた場所まで行商に来てでも生きていくしかない。倉蔵も船頭で田畑を持っていないので、村のヒエラルキーからは外れたアウトサイダーでもある。咲江も違う村から嫁いできたから、夫の死んだ今では村人から邪険に扱われている。同じ村人でも共同体にどっぷりはまっている人もいれば、そうではない人もいる。そういう多面性は意識して丁寧に描きました。
――事件とは直接は関係ない、澤田夫妻と倉蔵と咲江の四角関係もスリリングで、これぞ劇映画! な色気と奥行きを感じさせます。
ドキュメンタリーを撮ってきた森がこういう題材の映画を撮るといったら、教示的な映画になるんじゃないかと思う人もいると思うけど、僕は映画はエンタメだと思っているので、思わぬ展開に声が出たといっても嘘じゃない。ただ、男女のシーンに関しては、荒井晴彦さんの力ですね。僕だけだったらあんな艶っぽいシーンは撮れなかった(笑)。
2023.08.30(水)
文=井口啓子
撮影=平松市聖