この街って何歳でも恋愛する
――パリ暮らしだからこそ気付いた日本の美点はありますか?
宅急便の素晴らしさや対応の細やかさ! 日本だと、ちゃんと届けてくれるという安心感がありますよね。あと日本って、どんな働く現場でもみんな礼儀正しくてプロフェッショナルなんですよね。どんな仕事の人でも、仕事に誇りを持っている。でもフランスでは、いわゆる労働者階級の薄給で働く仕事には移民が多く就いていて、仕事へのプライドを持ちづらいのが一般的だと考えられているんです。もちろん熱意を持って仕事をしている人もいるし、自分の名前で仕事を受けている人もいるけれど、そうではない仕事の場合は、逆にプライドを持つのは難しいでしょって考えている。
誇りを持つことが難しい仕事をやってくれている人に対して、笑顔でちゃんと仕事をするように圧をかけるのは、逆にエゴで人間的ではないという、そういう考え方なんですよね。もちろん、いつも笑顔で対応してほしいと思うけれど(笑)。
でも日本は日本で、私もちゃんとやっているんだからあなたもちゃんとやってね、という圧が強すぎると思います。もう少し人間らしい考え方で、お互いが許しあえる余白があってもいいのかもしれませんね。私たちはどうせ真面目で、フランス人みたいにはなれないんだから(笑)。フランスと日本を二で割ったくらいがちょうどいいんでしょうね。
――日本人は真面目すぎるのかもしれませんね。
そうですね、耐久性が高い人が多いなと思います。例えば、ひとりでいることに踏ん張りすぎちゃう人も多い。この街って何歳でも恋愛するし、みんな常に誰かと付き合っているんですよね。レストランに行くためだけに、誰か付き合ってくれる人がいないか探していたりもする。ひとりで食事をするのって寂しいし、寂しいくらいなら楽しくしたらいいじゃない、そこから何か生まれるかもしれないしねって思っているんです。国民性として、寂しいのは嫌だってはっきりと言える、素直な人たちなんですよね。それって、すごく大事なことだなと思っています。
この間、「孤独でも幸福度が上がる生き方」というような日本の記事を見つけて、衝撃を受けたんです。もちろん、孤独で幸せな人もたくさんいるけれど、もし孤独であることを変えたいと思っているのなら、「孤独でも」っていう条件がもうすでに幸福ではないというか、孤独でなくなる方法を考えずに自分を幸せだと思い込ませることは、ポジティブではない。孤独は諦めないといけない、受け入れなきゃいけないって考え方に少し疑問を持ちました。
――猫沢さんは、幸せになるためにどんなアクションが大切だと考えますか?
受け身な自分を変えることですね。特に日本の女性って、幸せにしてもらおうとか、何か良いことが起きるのを待っているところがある。もちろん私も後ろ向きになってしまうこともあるけれど、自分が変わらなかったら変わらないでしょって思います。自分の幸せに対して率直に向き合うことをせず、後ろ向きになるのをやめることが大切なんですよね。
いまの状況が良いとか悪いとか関係なく、人間って一度築き上げた現状にずっと留まっていることが楽だと感じるもの。その状態がいちばん楽だから、突破して現状を変えていくのは不安だし、もっと悪くなる可能性だってある。そんな風にネガティブな考えの方が先に頭をよぎって、全部失ったらどうしようって思ってしまうけれど、一歩踏み出したら、逆の場合がほとんど。何かを変えたいと思った時のエネルギーを大切に、自分で自分を信じてあげて進んでみたらいいと思います。
猫沢エミ
ミュージシャン、文筆家、映画解説者、生活料理人。1996年、日本コロムビアからシンガーソングライターとしてデヴュー。2002年に一度目の渡仏。一旦帰国し、2007年より10年間、フランス文化に特化したフリーペーパー《Bonzour Japon》の編集長を務める。超実践型フランス語講座《にゃんフラ》主宰。2022年2月より、二度目のパリ移住。近著に『パリ季記―フランスでひとり+1匹暮らし』 (天然生活ブックス)、『イオビエ: イオがくれた幸せへの切符』(TAC出版)など。最新刊は2023年8月31日、『猫沢組 POSTCARDBOOK〜あなたがいてくれるなら、私は世界一幸せ。』(TAC出版)が発売予定。
Instagram @necozawaemi
2023.08.12(土)
文・撮影=鈴木桃子