実際の坂元裕二さんもユーモアに溢れた人

岡室 私は仕事で坂元さんとは何度もお目にかかっているんですが、例えば学生に対しても、すごく丁寧に質問に答えてくださり嬉しかったです。とにかく脚本に対して嘘をつかないし、誠実な方だなと思いました。

村上 物腰が柔らかい方で、明るい印象があります。ご自身で脚本を書いているにもかかわらず、俳優さんが実際に声に出して演技しているのを幸せそうにご覧になるんですよ。それがファンからするとすごく嬉しくて。

岡室 普段の会話も、宝物にしたいようなお話をしてくださる。

村上 坂元さん自身がドラマのなかに出てきてもいいんじゃないかと思いますよね。ユーモアに溢れているし、普段のちょっとしたことに疑問を持たれていると思うんですよ。怒りとか悲しみではなくて「パソコンのキーボードに汚れって溜まりません?」とか、そういう何気ない会話でもすごく楽しめる人なんですよね。

岡室 その一方で、嘘をつかない方だから、適当なことを言うと見透かされる感じもありますよね。

村上 だからこそ信頼できる。ぜひ重たいテーマの作品も全部観てほしいですね。じっとり脇汗をかいたような気持ちになることもあるんですけど、どの作品も観た後は自分が少し世の中に対して優しくなれそうな気がする。

岡室 痛みを抱えている人とも連帯できるし、乗り越えていけそうな勇気をもらえますよね。やっぱり最後は希望で終わるので。

日々の暮らしの大切さに気づかせてくれる

岡室 坂元さんのドラマって余白が多いんですよね。自由に想像できて、そこが楽しい。今のドラマは視聴者をバカにしているのかと思うくらい、内容や心情を説明しすぎなものも多い。それって観る側の想像力を完全に封印してしまうじゃないですか。

村上 ドラマや映画を観て「話の辻褄が合わない」「この展開の理由が分からない」という人もいますが、例えば「自分が誰かに恋をしたときの気持ちを説明できますか?」という話なんですよ。案外いろんなことに理由なんてない。だからこそ、余計にみんなが考察したくなるんだと思います。何か理由を作りたくて。

岡室 それでいうと、坂元さんのドラマは人に「こういう作品です」と内容を一言で分かりやすく紹介しづらいですよね。

村上 単純に「一口目が美味しい」作品じゃないですよね。だから好きな人は好きだし、逆にまったく興味を持てない人も多い。でも分かりやすいドラマにはない、細かい描写が魅力なんですよね。

岡室 多くのドラマは劇的なことを描くじゃないですか。素晴らしい恋愛をしたとか、つらい別れをしたとか。そういう大きな出来事を繋げばあらすじはできます。だけど、雑談は要約できない。でも私たちの日常って、実は細かいことの積み重ねなんですよね。ドラマティックでない私たちのリアルな人生を肯定してくれているのが坂元作品なのかなと。

村上 「anone」で「生きなくたっていいじゃない。暮らせば」というセリフもありましたよね。まさにこれが坂元作品のすべてに通じるものだと思うんです。

岡室 暮らしの積み重ねが一日で、一年で、一生。毎日の暮らしの大切さに気づかされますね。

村上健志(むらかみ・けんじ)さん
(フルーツポンチ)

1980年、茨城県生まれ。「フルーツポンチ」のボケ担当。ドラマ好きの芸人らとともに「ドラマ部」を結成し、イベント等を開催している。

岡室美奈子(おかむろ・みなこ)さん

1958年、三重県生まれ。早稲田大学演劇博物館館長・早稲田大学文学学術院教授、文学博士。専門は主にテレビドラマ論、現代演劇論など。

2021.09.23(木)
Text=Daisuke Watanuki
Photographs=Ichisei Hiramatsu

CREA 2021年秋号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

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