まわりの空気ばかりを気にしがちなSNS時代、日本の女性たちが置かれた状況とは? 新著『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』を上梓したイギリス在住のブレイディみかこさんと、初エッセイ集『ここじゃない世界に行きたかった』が話題の文筆家・塩谷 舞さんが語り合いました。(全2回の1回目/後編に続く)
「自分が自分じゃなくなる」SNS時代
ブレイディ 今日は年齢的に親子対談みたいですけど(笑)、最初の接点って、私が塩谷さんの『ここじゃない世界に行きたかった』に帯の推薦を書かせて頂いたんですね。
塩谷 本当にありがとうございました! あの推薦文のおかげで、書店で女性エッセイの棚だけでなくノンフィクションの棚にも置いてもらえて、すごく感謝しています。
ブレイディ 文章がとても流麗で文学的。海外で出会う人々にたいして感じる新鮮さがみずみずしく出ていて、昔の渡英当時の自分を思い出す感じもありました。
興味深かったのが、「バズライターが自分を取り戻すために」書いたということ。私は全然SNSをしないので、塩谷さんが“バズ”で有名だったことを知らなかったのですが、数年前最初に依頼のあった本のタイトルが「SNS戦国時代、インフルエンサーに学ぶバズる! 売れる! の必勝法」だったとあって、爆笑しました。
塩谷 実際には書かなかったんですけどね。でも、そっちのほうが短期的には儲かっただろうなぁ、とも……(笑)。
ブレイディ SNSやインターネットでものを売ったりPRをするのは、すごく瞬時的な仕事じゃないですか。シンパシーベースの共感が重要な世界で、スピード勝負でやっていたなか、「自分が自分じゃなくなる」感覚があったわけですよね?
塩谷 インフルエンサーとして仕事を請け負っていた頃は、クライアントからの期待値や単価がどんどん上がる中で、「とにかく一発バズらせる記事を書かなくちゃ」と資本主義のサイクルに組み込まれてしまって、自分で自分がコントロール出来なくなっていました。
“共感される、売れる、バズる”文章をどうやって書くかばかりに終始していると、つるんとして読みやすく、みんながエモいと感じる苦労話を入れ、最後は希望で終わるというテンプレにはまりがち。
ブレイディさんの本の中でも「共感マーケティング」についての指摘がありましたが、その片棒を担いでいたなぁ、という自責の念はあります。そしてタイムラインの空気を読み、「みんなの反応」という空気の靴を履いてばかりいると自分がなくなってしまうんですよね。
ブレイディ ネットでお金を稼ぐ大変さは、私も全然知らない世界じゃなくて、昔ライターとしてYahoo!ニュースで書いていた時期があります。Yahoo!ニュース個人って、今の報酬体系は知らないけど、5~6年前まで完全にPVで決まっていた。
ヤフトピ(Yahoo!ニュース トピックス)に上げてもらったら何百万PVにもなるから、記事一つでも何十万かのお金がもらえる。でも地道な記事で1万PVくらいだと子どものお小遣いにもならない程度しかもらえなくて、本当に雲泥の差だったんですよね。
塩谷 マグロ漁みたいで、釣れたらいいけど、釣れなかったら悲惨という(笑)。
ブレイディ そうなると、やっぱりタイトルで釣らないとクリックしてもらえないから、中身と違う釣りタイトルをつけたくなるし、興味のないことでも今、日本でこういうニュースが旬だから関係するものを書くかとか、どんどん商売人になってきてしまう。そのプロセスで自分が擦り切れていく感覚というのは、私もすごく分かるんですよ。
塩谷 本当にそうなんですよね。あと私はインタビューの仕事も多かったんですが、恣意的なブランディングへの罪悪感もありました。この人は時代のスターで、いかに革新的でみんなの憧れなのか――そこを過剰に盛り上げるのがインタビュー記事の正攻法でもありますが、それは本当に良いことなのだろうか? と立ち止まって考えるようになったんです。
たとえば取材相手が、パブリックイメージとのギャップに病んだりするのを見てしまったとき、過剰に盛ってブランディングしてきた責任を感じました。肌をフォトショップでレタッチしすぎて、現実世界で見たときに「荒れてんな」と思わせちゃうような。
ブレイディ なるほど。
2021.08.28(土)
写真=Shu Tomioka(ブレイディさんプロフィール)、杉山拓也(塩谷さんプロフィール)
構成=編集部